[携帯モード] [URL送信]

短編
席替え
主人公→ませてる小学生。BL未満な話。




「ちょっと! 紗耶香が先に里奈に替わってって言ったんだからね! 横取りしないでよ!」

「だって紗耶香ちゃん目、全然悪くないじゃん! 先生、紗耶香ちゃん嘘ついてますっ」

「真穂だっていつもは平気で一番後ろに座ってるくせに!」

「こらっ! みんなちょっと落ち着きなさい!」



…アホらし。

何がアホらしいって、女子のこのみっともない争いが、だ。今は授業中のはずなのに、先生の注意も聞かずギャーギャーののしりあっている。中には泣いてるヤツまでいるみたいだ。

事の発端は数十分前、新しいクラスになって初めての席替えをすることになった。といっても周りはほとんど気心の知れた友達ばかりで、思うことといえば一番前にはなりたくねえなーということぐらい。しかし、男よりも数段早くマセてきた女子達にとって、席替えは戦争だったらしい。

女子達のお目当ては、いま教卓の前にのんびり座っているすました顔の男子、港(ミナト)くん。整いすぎた綺麗な顔に他の男子達にはない大人の雰囲気、そこが女子から見るとたまらないらしい。港くんは転校生ということもあって、この学校では有名なかっこいい男子だった。
女子はもちろんのこと、スポーツ万能の港くんは男子からも人気があったから、皆このクラスになれたことを喜んでいたように思う。
ただ1人、俺を除いては。

女子が浮き足立ったまま始まった席替えだが、当然席替え方法はくじ引き。誰がどの席になろうと誰も文句は言えないはずだった。不運にも港くんが一番前の席になり、目の悪い狩野里奈が前に移りたいと言い、港くんの隣の席だったミヤケン(宮野健一)が、オレ変わる! と申し出るまでは。
そこからはもうミヤケンの席を巡ってクラスの女子の半分が大乱闘。いつもなら後ろでラッキーと喜んでいる奴らが、私も私もと次々名乗り出始める惨事になったのだ。


「紗耶香は前から3番目なんだから、変わる必要ないじゃん! 私は後ろから2番目なんだからね!」

「それだったら、あたしなんか一番後ろで何にも見えないんだから!」

「こらこら、そんなことで喧嘩しない」

気が強い女子の気迫に押される男子と、残りの比較的大人しめの女子達。そして優しいといえば聞こえのいい気弱な先生。収拾がつくと思えない。…だから俺は嫌だったんだ、港くんと同じクラスになるのは。はっきり言って港くんのモテっぷりは異常だ。それも納得のイケメンであることは認めるが、五年生にもなって女子があんな幼稚なケンカを始めてしまうとは。しかもその中には、ウチの学年で一番可愛い梅本美月もいる。彼女は男子人気ダントツの清楚で優しい女の子だったはずなのに。

とそのとき、暇つぶしにペン回しをしていた俺は前を向いていたはずの港くんとなぜか目があってしまった。なんだなんだと思いつつずっと見つめ合ってるのも気持ち悪いので、俺は窓の外へと視線をずらした。外はここの騒音が嘘のように穏やかに時が進んでいる。その風景に癒されながらも、俺の耳に入ってくるBGMは女子達の金切り声だった。このクラスの席替えは一学期に一回なこともあって、みんな必死になってるのだろう。あの席を勝ち取れば、一学期の間は港くんを独占できるのだから。

こんなにもめるぐらいだったら、一番最初に申し出た本当に目の悪い狩野里奈がミヤケンの席に座ればいいじゃんと思うのだが、控えめな性格の彼女は俺の隣ですっかり縮こまってしまっている。ちなみに狩野里奈の席は窓際の一番後ろというベストポジション。できることなら俺が狩野さんと替わりたいぐらいだ。隣の俺と替わったって全然意味ないけど。

ああ、こんなくだらない騒ぎで時間を浪費してしまうなんて。早く帰って、新しく買ったゲームを友達とプレイする前に練習しておきたかったのに。あ、でもまだ塾の宿題が残ってたんだ。ちくしょう、これもぜんぶぜんぶ、港くんがクラスにいるせいだ。

俺が現実逃避をするために外の景色をぼんやり眺めていたそのとき、いさかいの原因である港くんがいきなり立ち上がった。それと同時に今までの騒ぎが嘘のように教室は静まり返る。俺もみんなも、港くんが何か言うのを待っていた。

「俺が席を替わります」

港くんは担任に向かって、はっきりとした口調でそう告げる。その冷静な態度に騒いでいた女子達が少しばかりたじろいだ。

「狩野さん、俺の席でもいい?」

こちらに向けられる港くんの視線。狩野さんはわずかに顔を赤らめて、慌てて「うん」と答えた。

「じゃ、じゃあそういうことで決まりだな! お前達はどうするんだ? 宮野君の席に座るのか」

心底ほっとした様子の先生の言葉に、立ち上がっていた女子達も大人しく自分の席に落ち着く。その変わり身の早さにはかなり驚かされた。

騒ぎがやっと収まり、港くんナイスと感心する反面、もっと早く言えよと毒づきながら俺が椅子に座り直していた時、移動するため机を抱えていた港くんが俺に微笑みかけてきた。

…なんだ? なんで俺に笑顔なんか見せるんだ。俺が何かしただろうか。いや、俺は面倒事を避けるため港くんとは当たり障りのない関係を築いてきたはずだ。なのになんだ、今の意味深な笑みは。

狩野さんが一番前に移動するため、椅子を乗せた机を持ち上げる。
待てよ、狩野さんが港くんと入れ替わるということは、俺の隣の席は…


「野川、机置くな」

「み、港くん…」

ああ、そうだ。何でもっと早く気がつかなかったんだ。狩野さんが港くんと席を交換するということは、必然的に港くんの隣は俺ということになるということじゃないか。まあ、いつ気づいたところでどうにもならなかった訳だが。

俺の机に自分の机をぴったりくっつける港くん。それと同時に何故か女子達の敵意と嫉妬むき出しの視線が俺へと向けられた。

「今日からよろしく、野川」

「……ああ、よろしく」

港くんは俺に向かってやけに嬉しそうなスマイルを振り撒く。その瞬間、女子達の黄色い悲鳴があちこちであがった。

…だから、だから嫌だったんだ。港くんと同じクラスになるのは。

悪夢の一学期が始まる。
俺はその最悪の予感を、家に帰ったその後もぬぐい去ることはできなかった。

おしまい
2010/2/21

[*前へ][次へ#]
[戻る]


あきゅろす。
無料HPエムペ!