短編 願い事はなあに? 「路人(ミチト)くんって、本当に女心わかってないよね」 片想いをしていた女友達に、告白する前にそんなことをガチトーンで言われた。何故そんなことを言われたのか、理由すらわからないから女心が本当にわかっていないのだろう。やけ酒だ! と親友の昴を呼んで終電間近まで愚痴に付き合ってもらった。昴は男前な上、気配りもできるモテの化身のような男だ。幼稚園の頃からの幼馴染みで大学まで一緒という腐れ縁である。聞き上手でもあるので俺は昴を終電近くまで付き合わせ、酔っぱらって帰る頃には元気を取り戻し始めていた。 昴とさよならして一人夜道を歩いていると、目の前をよたよたと歩いていたおばあさんが段差につまずいて倒れてしまった。 「大丈夫っすか!?」 慌てておばあさんにかけよると、危なっかしい動きで立ち上がろうとするのですぐに身体を支える。 「あんま急に立たない方がいいっすよ」 「悪いねぇ」 「どっか痛めてないっすか」 「それが膝をぶつけてしまって……」 「マジ!? 救急車呼びます!?」 「いえ、そこまで酷くはないのよ。家もすぐそこだしねぇ」 とはいうものの立ち上がるのもつらそうだ。俺はしゃがんでおばあさんに背中を向けた。 「ばあちゃん家が近いならおぶってくよ」 「でも…」 「いーからいーから。早く」 半ば強引におばあさんを背負う。俺は別に老人を率先して助けるタイプでもないのだが、今は俺しかいないし酔っていたので気が大きくなっていた。 「うっ」 小柄で痩せてるように見えたがおばあさん、意外と重い。ばあさんの鞄の中に鉄アレイでも入ってるんじゃないだろうか。 「大丈夫かい?」 「ヘーキヘーキ」 おばあさんの家は人気のない山道を進んだ先にあり、正直もう限界と力尽きかけそうになる寸前で到着した。ぜいぜいと息を切らす俺におばあさんは丁寧に頭を下げた。 「ご親切にどうも。何かお礼をさせてくださいな」 「へ? いいっすよそんなの、大したことじゃないし」 へばって地面に倒れる俺を見ておばあさんがにっこり笑う。この時初めてまともにおばあさんの顔を見たが、菩薩のような顔をしていた。 「あなたの願い事を一つ、なんでも叶えてあげましょう」 「はい?」 「実はねぇ、私は魔法使いなのよ。だからなーんでも叶えてあげられるから、遠慮せず言ってちょうだい」 「魔法使いぃ? はは、そりゃすげぇや」 このおばあさんボケてるのかな、と思いつつ面白くなって笑ってしまう。 「じゃああれだ、俺はお金持ちになりたーい!」 俺が冗談で軽く言ったお願いに、菩薩の顔だったおばあさんは突然真顔になり口を開いた。 「それは難しいと思います。仮に私が1000万あなたにわたすとしましょう。私がお金を作ればそれがどんなに本物と同じであろうと偽札です。お金をどこかから持ってくるとなると窃盗事件になりますが、それでもよろしいでしょうか」 「えっ、あ、ならいいです……」 突然早口で喋りだした老婆に唖然とする。なんでもいいんじゃなかったのか。このお遊びにマジレスするの? 「じゃあじゃあ、俺の顔を超絶イケメンにしてくれるとか〜」 「顔が変われば親にも友人にも気味悪がられますがよろしいでしょうか」 「いえ……」 現実的なお願いをしろ、ということなのだろうか。本気で叶えてもらおうと思ってないのに面倒な話だ。 「だったら…俺は女心がわかるようになりたい、かな」 「女心?」 「同じサークルの子に女心がわかってない! って言われてさぁ。あ、心を読むとかそんなハイレベルなやつじゃなくていいんだ。キモッとかいう心の声が聞こえてきたら立ち直れないし。ただ女の子の立場になって考えられるというか、とにかく女子の地雷を俺はもう踏みたくねーんでお願いします!」 「はい、承りました」 何かアドバイス的なことをしてくれるのかと思ったら、おばあさんはパン!と大きく手を叩いた。そして何故かその後の俺の意識はぷっつりと途切れてしまった。 朝、自分の部屋で目が覚めた俺は昨晩の記憶が曖昧なことに頭を抱えていた。おばあさんを家まで送って、その後どうやって家まで帰ったか覚えていない。ただ、ちゃんと自宅で寝ているのでどうにか帰宅できたのだろう。ここまで酒で酔いつぶれたことがなかっただけにショックでしばらく呆然としていたが、突然扉を開ける音がして死ぬほど驚いた。 「やっと起きたかバカ野郎」 「!?」 一人暮らしをしている俺のアパートの部屋は狭い1DKだが、キッチンと部屋の間に扉がある。そこから昴が出てきて唖然とした。 「何で昴が!?」 「お前が昨日帰れないから迎えに来てくれってぐだぐたに酔っぱらいながら電話してきたんだろうが。もう電車もなかったから泊まるしかなかったんだよ。今日が休みで良かったな」 「ま、マジか……ごめん……」 いっさい記憶にないが俺は昴にそんな迷惑をかけていたのか。申し訳なくて俯いていると昴は俺の横に座り頭を撫でてきた。 「いいよ、そんな気にすんなって。俺とお前の仲だろ」 「昴……」 「あ、シャワー借りたぞ。昨日お前のせいで入れなかったからな〜」 昴が俺のタオルで頭を拭いていたのはそういうことか。髪が少し濡れた昴はいっそう男前度が上がってセクシーだ。そんな昴に頭を触られて俺はドキドキが止まらなくなった。 「路人? どうした?」 「……!」 昴は昔からスキンシップ過多だ。でも今までそれを特に意識したこともなく、身体に触れられても何とも思わなかった。それなのに今は顔が近くにあるだけで、昴が格好良すぎてドキドキが止まらない。意味不明だ。 「昨日何かあったのか? あんな道端で倒れてるなんてびっくりしたぞ」 「俺、道端で倒れてたの……?」 「うん。幸い駅に近かったからすぐ見つけられたけど」 「おかしいな。昨日は確か怪我したおばあちゃんを家まで送り届けたはず……」 「? なんでそんな夜中におばあちゃんが怪我してるんだよ。夢じゃないのか?」 「いやでもあれは現実のはず……」 「しっかりしろ。路人はどんなに飲んでも意識はちゃんとしてるから安心だったのに、今度からはセーブさせなきゃならなくなる」 「昴……優しい……」 「は? いつも優しいだろ俺は。顔が赤いし、お前熱でもあるんじゃねえの」 昴に額を手の平で触られ心拍数が一気にはねあがる。こんなイケメンと至近距離でいちゃいちゃしていいもんだろうか。何で俺はいままで平気だったんだろう。 「す、昴」 「なに?」 「あんま近づきすぎないで……」 「何で?」 「だって、昴が格好良すぎて俺もうもたないから」 「え?」 俺みたいなダサい大学生がキラキラしてる昴の横にいることがもうつらい。しかしそれと同時に何故こんなにも昴のことを意識するようになってしまったのか、自分の変化に戸惑っていた。これはまるで、昴に恋でもしてるかのようだ。女の子相手に失恋したからといって男にときめくような俺ではない。彼女のことだって諦めきれず、昨晩知らないおばあさんに女心をレクチャーしてもらおうとしたくらい……で……。 「思考が女になってる!!!」 「路人?」 俺は昨日、女心がわかるようになりたいと願った。自称魔法使いのヤバめのおばあさんに。そして今日、まさに女心がわかるようになっている。 「どうしようどうしよう、マジヤバいってこんなの」 「路人、落ち着け」 昴に腕を捕まれて「ひゃあ」と女みたいな奇声をあげてしまう。思考が女になったとたん昴を好きになるなんて。いや、こいつは男の俺から見てもいい奴で、俺が女なら彼氏にしたいなんて常々思っていたわけだが。 「ごめん、昴。俺……」 「いいよ、あの、俺別に引いたりしてないから」 「へ」 「同性をそういう風に見たことなかったけど……路人ならいいっていうか……むしろ嬉しい? って思っちゃったし……」 「ああん?」 つまり俺と昴は両思い? やったぁめちゃめちゃ幸せー! っていやいやいやアホか俺。 「あの、あのな昴。何バカなこと言ってんの。お前はもっと可愛い女の子と付き合わなきゃいけないだろ」 「そんな悲しいこと言うなよ。俺は路人といる時が一番楽しいよ」 「え……なんでそんな格好いいの……」 彼の言動すべてにきゅんきゅんする。ときめきの真っ最中にいる俺を見て、昴が俺を抱き締めた。 「路人、俺、お前のこと好きだよ。大事にするから、付き合ってくれる?」 「うわーー! 俺も昴が好き!!」 いや駄目だろ、とわかっていても俺の中の乙女心が止まらない。俺は昴を抱き締めながら昨夜のおばあさんに「そういう意味じゃねぇーから!」とおもいっきり突っ込んでいた。 おしまい 2020/7/16 [*前へ] [戻る] |