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短編
あっくんと檸檬 2
続編。攻め視点。


檸檬という漢字が格好いい、というアメリカ人の父親の提案で、不似合いすぎる名前をつけられた時から俺の人生の転落は始まっていた。

小さい頃はまだ可愛いものが大好きな母親のせいで女の子みたいな格好だったため、そんな名前でも似合っていたようだが、自我が芽生えるとそういう問題ではなくなった。
元軍人の父親も自分のたくましい体格を考えれば息子の末路などわかるだろうに、なぜもっと妥当な名前をつけてくれなかったのか。恨みをこめて親父を一度くらい殴ってやりたいが、いまだにあの男には手も足も出ないでいる。
そして幼い頃、その名前と見た目と話し方のせいでいじめられていた俺は、まるで運命のように彼に出会った。俺の尊敬するヒーロー、仁木篤弘だ。


篤弘が俺の元へ戻ってきてから一週間。くだらないと思っていた学校生活が一変した。
毎朝篤弘と登校して、一緒に下校する。俺の事をずっと女だと勘違いしていたり、ちょっと抜けているところはあるものの篤弘は相変わらずで、俺はあれだけ面倒だった学校に行くのが楽しみになっていた。
昔は篤弘の背中が大きく見えていたが、今では俺の中にすっぽりおさまるサイズだ。だから今の俺には篤弘が可愛く思えて仕方ない。
俺が渡した指輪はサイズがあわないからとつけてくれなかったので、チェーンをかけて首からさげてもらっていた。正直、篤弘は微妙な顔をしていたが半ば無理矢理つけさせている。
……俺の好意をあまり喜んでいないことはわかっていたが、どうしても手放したくなくて俺は必死だった。

そしていつもと同じように篤弘と学校まで一緒に来た俺に、珍しく早めに登校していた俺の悪友が訊ねてきた。

「……お前さ、あの先輩となんで毎日登校してんの? 最近遅刻もしねぇし」

「……」

一応、対等に友人と呼べる存在である前川廉が携帯をいじりながらそんなことを言う。もちろん好きだから少しでも一緒に居たくてやっていることだが、こいつにそんなことを言ってもわかってもらえる気がしない。前川の俺と並んでも見劣りしない体格とベタベタしてこない性格が気に入っているが、間違っても恋愛相談なんかしたいタイプではない。

「確か幼馴染み? なんだっけ。ああ見えて実は結構強かったりすんの?」

俺の周りに集まるのは不良ばかりなので、篤弘まで不良にされている。俺は首を横に振って強く否定した。

「じゃあ何がよくてあの人と一緒に」

「……尊敬してる」

「は?」

「…別にお前にわかってもらわなくても良い」

前川とはそれなりに信頼関係はあるが、俺の気持ちがわかるのは俺だけだ。ましてやこの男は女を取っ替え引っ替えの遊び人だ。それはどうでもいいことだが、俺の初恋の話なんかしても理解されないだろう。

「話したくないならいいけど、周りの目も気にした方がいいんじゃないかなと思ってさ。お前って何もしなくても目立つんだから」

「周りの目……?」

学年が違うから一緒にいられるのは登下校の間だけだ。でもそれでは俺の知らないうちに篤弘が危ない目にあうかもしれない。それに篤弘に近づく悪い虫がいないとも限らない。

「確かに、前川のいう通りだな。校内でもよくよく見張ってないと」

「……は? いや、そういう意味じゃねぇんだけど……」

今日から校内での篤弘の様子を確認するようにしなければ。危険要素があるのなら早めに排除しよう、と俺は決意を新たに2年の教室に偵察に行くことにした。



そんなことがあった日から三日後、教室で前川と一緒にいた俺に以前から妙に俺を崇拝してくるクラスメイトの近藤が笑顔で話しかけてきた。

「谷口さん! なんか今日は一段と上機嫌ですね!」

「……別にいつも通りだけど」

「いや、お前かなり浮かれてるよ」

前川に指摘され、そういえば普段なら近藤に話しかけられても返事もせず無視していた事を思い出した。俺が返事なんかしたものだから近藤は目を輝かせてさらに質問してきた。

「何かいいことあったんすか?」

「……」

気分が良い理由は自分でちゃんとわかっていた。少し迷った後、俺は得意気に口を開いた。

「昨日、二年の教室に行った時……」

「檸檬!!!」

突然の怒鳴り声にクラスメート全員の視線が集中する。一年の教室に乗り込んできたのは鬼の顔をした篤弘だった。

「お前マジでふざけんなや!」

「あ、あっくん……?」

「あっくんじゃないわボケ!」

俺の胸ぐらを掴み上げ、怒声を浴びせる。こんなにも怒った篤弘を見るのは初めてで俺はただただ圧倒されていた。

「お前、俺の友達脅したやろ! もう二度と俺に近づくな言うて!」

「え……?」

「とぼけんなや! 倫太郎本人から聞いてんねんぞこっちは! しかも他のクラスの生徒にまで! お前、俺を孤立させる気か?!」

そう、俺は昨日篤弘に近づく不埒な輩に釘を刺したのだ。これで篤弘に邪な思いを持った危ない人間はいなくなるだろうと思って。

「だって! あいつらあっくんに馴れ馴れしすぎるやん! あっくん転校したばっかりやのにあんなベタベタして、おかしいやんか」

「あいつらは俺の幼馴染み! まさか、こっちでの知り合いが檸檬だけやとでも思ってるんちゃうやろな」

その言葉に衝撃を受けて放心する。篤弘は俺以外にも仲良くしてる奴がいた…? しかも、この学校に何人も?

「そんなら余計、そいつら全員あっくんを狙ってたらどうすんねん!」

「そんなわけあるか!」

頬をバチンと叩かれ、呆然とする。俺を見下ろすあっくんから、何かがキレた音がした気がした

「こんなことするなら、もう俺に近づいてくんな! もし俺の友達になんかしたら、こんなもんじゃ済まへんからな!」

「あっくん! 待っ……!」

篤弘は俺を雑に捨てると一度も目を合わせることなく肩を怒らして教室を出ていく。彼を慌てて追いかけた俺は鼻先でドアを閉められ扉に顔面を打ち付けた。

「あ、あっくん……ううっ……」

「……お、おい、大丈夫か? 泣いてるとこ悪いけど、すげぇ見られてるぞ、お前」

後ろから前川に肩を叩かれ、クラスメートどころか隣のクラスからもギャラリーが集まっていることに気づく。またあのヤンキーが暴れてるとでも思われたのだろう。鼻を怪我をした俺は雑に前川に引きずられて、保健室へと送り込まれた。



それから、二日間。篤弘は俺を拒絶し俺から逃げ続けていた。メールで今日から先に行くと言われ、一緒に登校もできず教室に行っても休み時間に教室にいてくれない。もちろん電話をしても無視されていた。

この二日、俺はずっと絶望的な気持ちで過ごしていた。俺が短絡的で嫉妬深くて、考えなしだから篤弘に嫌われたとわかっていた。もう許してもらえないかもしれない。それでも、篤弘が誰かと親密そうにしているのを見ると、不安と怒りと焦りでたまらなくなる。

ずっと信じて待っていた、と篤弘には言っていたが、本当は半分諦めていた。あんな昔の話、篤弘はもう忘れてしまって、可愛い恋人ができていてもおかしくない。もう二度と会えないかもしれないとも思っていた。なのに、篤弘はちゃんと帰ってきてくれた。俺の約束を覚えていてくれた。それだけでもう、俺にとっては十分なはずだった。

放課後になっても彼を探す気力がなくなり、もう家に帰ろうとしていた俺を前川が呼び止めた。

「谷口、今あっくん先輩を校門で待たせてるからすぐに行け」

「え……?」

意味がわからず、ぽかんと口を開け微動だにしない俺に、前川が急げとばかりに肩を叩く。

「帰ろうとしたとこ捕まえて、お前と話し合えって言っといたんだよ。早く行けって」

「え、でも、本当にあっくん待ってくれてんの……?」

あんなに怒っていたのに、俺と話す気になってなってくれたのだろうか。もう怒っていないのだろうか。

「何かグダグダ言ってたけど、いいからあいつと一回話せボケって脅し……頼んだらきいてくれた」

「お前……」

完全に脅迫している。こんな怖そうな男に絡まれて、篤弘はいま小鹿のように震え上がっているのではないだろうか。

「大事な人なんだろ。多分…いや多分だけど、谷口にはそんなに必死になれるような相手、もう現れねぇかもしれないから、少し頑張ってこいよ」

「……」

俺は少々、前川のことを誤解していたらしい。俺は強く前川を抱き締めて礼を言うと校門に向かって走っていった。俺が飛び付いてきたときの前川の顔は、かなり面白かった。



「あっくーん!」

校門にもたれかかっている篤弘に、俺が大声で呼び掛けると遠目からもわかるくらい強く睨み付けられた。

「……お前、人使って俺を脅すとかいい度胸やなぁ」

「ちゃうって! あれは前川が俺の事心配して……」

「本人もそう言ってたけどな」

あっくんはため息をついて歩き出す。俺は後ろから遠慮がちについていった。

「あっくん、あの……」

「それはもうええわ。話したい事あるんやろ。ここまできたらもう逃げへんから」

足早に進んでいく篤弘の二、三歩後ろからついていく。しょんぼりしながらも俺は篤弘に声をかけた。

「ごめん、あっくん。俺、あっくんの友達に謝るから。俺があっくんに押し付けてることで、あっくんは迷惑してるってちゃんと説明するから、だからもう近づくななんて、言わんといて……」

篤弘の後頭部を見つめながら、俺はめそめそと謝り続けた。彼の顔が見えないので反応がわからないが、歩くスピードがどんどん落ちていき俺と並んで歩き始めた。

「そこまで言わんでええよ。みんな別に俺のこと怖がって離れていったわけやないし。すごいのに絡まれて大変そうだなって心配されただけで……。俺の方こそ言い過ぎやった。年下の檸檬に先謝らせてごめん」

「あっくん……」

篤弘の顔は、もう怒ってはいなかった。多分だけど、篤弘も俺に謝ろうと思っていてくれたらしい。あんな酷いことを言った俺を許してくれた事と、篤弘と仲直りできたことに感極まり、俺は彼を抱き締めた。

「ちょ、ちょ、ちょっとここ往来やから!」

「ごめんあっくん……」

抱き締めた篤弘の首に顔を埋めると、何か固いものにあたる。俺がかけさせた指輪のチェーンだ。喧嘩してたのに、篤弘は指輪をつけていてくれたのだ。

「あっくん! 大好き!」

「檸檬、苦しい……死ぬ……」



その日から再び、篤弘と登校し始めた。素晴らしい学校生活がまた始まったのだ。にこにこ学生生活を謳歌する俺を、クラスメート達は不気味そうに見ていた。前川だけはいつも通りだった。

篤弘には必要ないと言われたが、俺は篤弘の友人達に謝りに行くことにした。まずは親友の倫太郎とやらに怖がらせたお詫びをしに篤弘のクラスまで行った。

「あっくんの"ただの"友達だったのに、前は変なこと言って悪かったな。今まで通り、あっくんとは仲良くしてやってくれ」

「……あ、はい」

かたまったまま俺からの謝罪を受けとる倫太郎。隣にいた篤弘は眉をひそめた。

「おい、檸檬。それ謝ってるつもりか?」

「えっ、今のアカン? ごめんごめん、あっくん怒らんといて! やり直すから、な、機嫌なおしてや」

「いえ! もう十分です!」

「らしいで、あっくん」

「……」

篤弘は一瞬白目を向いて目頭を押さえる。なぜか直立不動で俺に頭を下げる倫太郎の前で、俺は条件反射のように篤弘に抱きついていた。

おわり
2017/9/14

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