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短編
赤い意図


「すきだよ、陽輔」

小指にかかる赤い輪を見つめながら告白する俺を、陽輔は嫌悪感丸出しで睨んできた。いつもと何一つ変わらない反応だった。

「バカじゃねえの、お前」

「ふふふ」

「きもっ」

陽輔は、冷たい。でもこれはただの照れ隠し。本当は俺のことだいすきなんだ。だって俺と陽輔は、運命の赤い糸で結ばれてるんだから。


中学二年生の冬、それは突然始まった。俺に、俺と陽輔を結ぶ赤い糸が見えたのだ。その時、俺と陽輔はまだ友達ですらなかった。陽輔は俗に言う悪ガキで、クラスのみんなにちょっと恐がられる存在だった。それに引きかえいつもふざけている俺は、クラスのみんなから馬鹿にされていた。陽輔と似たとこなんて、頭が悪いとこぐらいのもんだった。

最初こそとまどったものの、俺はしだいにこの事実を受け止めるようになった。昔から“運命”ってものを信じてきた俺は、陽輔こそが俺の運命の相手だって信じていた。俺はホモじゃなかったけど、これが運命ならそれを受け入れるまで。そう解釈した俺は、まずは陽輔とお友だちになるべく彼に近づいた。最初こそうっとうしがっていた陽輔だけど、しだいに俺と打ち解けていった。それから俺は、そろそろ陽輔が俺を好きになってくれたかなって頃に、思い切って告白してみた。俺としてはかなり自信があったんだけど、陽輔は目をまんまるくさせて俺を殴った。

びっくりした。陽輔が俺を殴るなんて。でも陽輔を責めることはできない。だって陽輔には、俺と陽輔を結ぶ赤い糸は見えないんだから。それに男同士ってのもある。簡単に運命を受け入れられないのは、当然だ。

それからというもの俺は、何度も何度も陽輔にすきだと言った。するとそのたびに殴られた。一度陽輔に、何で俺がすきなんだってきかれたことがあった。運命だからって答えたら、また殴られた。
でも陽輔は、本当は俺がすきなんだ。だってなんだかんだ言って、俺がそばにいることを許してくれるし、ごくたまに、ほんとにごくたまにだけど、優しくしてくれる。それになんてったって、陽輔は俺と運命の赤い糸でつながってる。運命からはどうやったって逃げられない。陽輔が俺をすきになることは、はじめから決まってることだったんだ。

けれど陽輔は一度も俺に心を開かないまま、中学校を卒業した。でも心配はなかった。俺と陽輔は高校も一緒だ。まあそれは運命というより、2人とも通える高校がそこぐらいしかなかったからなんだけど。


俺達が高校生になってしばらくたったある日、俺の年の離れた兄貴が家に帰ってきた。父さんと母さんに恋人を紹介するためだ。どうやら兄貴はその人と結婚するつもりらしい。彼女は優子さんといって、とても感じの良さそうな人だった。俺は兄貴がすきだったからちょっと寂しくなったけど、兄貴の幸せを思うと嬉しかった。

「陽輔、早くメール返してこないかなあ」

俺は携帯とにらめっこしながら、待ちきれないとばかりに体を揺らしていた。高校に入って俺と陽輔はクラスが離れてしまったけど、ほぼ毎日メールをしていた。といっても陽輔からメールがきたことはなく、毎日しつこく俺が送っていたのだが。

「お前、なんでそんなにそいつが好きなわけ? 男だろ?」

新着メールをキャッチしようと部屋をうろつく俺をじろじろと見ていた兄貴が、急にそんなことをきいてきた。兄貴には俺が陽輔を恋愛対象として見ていることを言ってある。

「だって陽輔は、俺の運命の人なんだ。赤い糸でつながってるんだよ」

俺はきっと馬鹿にされるんだろうなと思いつつ、自分の右手小指に結んである赤い糸を見つめながらそう言った。この糸は俺でも触ることができない。ただ見えるだけ。でも、確かに陽輔とつながっている。

「なんだ、お前も見えるのか」

兄貴にはわからないだろう、そう考えた矢先の言葉だった。兄貴は俺のことを馬鹿にしたりせず、むしろ感心しているようだった。

「お前もって、どういうこと? 兄貴にも見えるの?」

「ああ。昔は見えてたよ」

「本当に!?」

驚いたことに、俺のこの特殊な能力は遺伝だったようだ。俺は仲間を見つけたみたいで嬉しくなった。

「俺には兄貴のは見えないや。優子さんとつながってるんだよね」

「いや、アイツじゃない。別の奴だった」

俺は一瞬、耳を疑った。

「別の人って…じゃあなんで優子さんと結婚するの?」

「そりゃ好きだからに決まってんだろ」

意味がわからなかった。だって別の人と赤い糸でつながってるなら、兄貴はその人と結ばれるはずだ。その糸が見えていながら違う人と結婚するなんて、いったい何を考えているんだろう。

「糸が見えたのはかなり昔、俺が学生の頃だ。昔からよく一緒にいた幼なじみとつながってた。でも俺はその時もう優子と付き合ってたし、彼女のことは嫌いじゃなかったけど、恋愛対象じゃなかった」

「それで、どうしたの?」

俺の質問に、兄貴は怪訝な表情になった。

「どうしたって、別になにも。なにもしなかった」

「………」

なにもしなかった、だって? それで兄貴は別の人と結婚するの? 運命の相手を、無視して。

言葉をなくして呆然とする俺の肩に、兄貴がそっと手をのせた。

「俺は別に運命とか信じちゃいないし、仮にあったとしても、それでどうして好きな相手を諦めなきゃならない。俺は自分が思ったことをするまでだ。自分自身でこうしようって、決めてる」

兄貴があんまり自信たっぷりに言うもんだから、今まで一度も揺らいだことのなかった俺の心が、激しくぶれた。兄貴のいうことを真に受けちゃだめだ。だって、それを受け入れてしまったら──

「糸は、糸はどうなったの」

俺が兄貴のごつごつとした指を握りしめながら尋ねると、兄貴はやけにすっきりとした表情でこう言った。

「消えたよ。いつの間にか、あっさりと。きっと運命が変わったんだろうな」

微笑みながら俺に握られていない方の手で、俺の頭をなでる兄貴。俺は、目の前が真っ暗になった。



俺はその日から、日課のように送っていたメールをやめた。陽輔のクラスに行くこともなくなった。だってそんなことしたって、もう意味がないんだ。

昼休み、俺は一人校舎裏で弁当をひろげながら、陽輔と俺をつなぐただひとつのものを見ていた。この糸だけが、俺と陽輔を特別な関係にしてくれた。でも、俺達にはそれだけだった。俺はしつこく陽輔にまとわりついていた。陽輔がいつか俺をすきになってくれるという、自信のもとでだ。その根拠がなくなった今、俺にはもうなにもできない。俺はきっと陽輔に嫌われてる。陽輔は嫌がっていたのに、俺は陽輔の気持ちを無視して自分の感情ばかり押しつけていた。
この糸をたどれば、どこにいても陽輔の居場所がわかる。けどそれももうすぐ、消えてしまうんだろう。
運命は、変わってしまった──


それがわかったとたん、俺の目からは涙がこぼれてきた。そしてその時初めて、俺は自分の気持ちに気がついた。
俺は陽輔が運命の人じゃなくなって、たとえこの糸が消えてしまったとしても、変わらずに陽輔がすきだ。運命だからとか、そんなんじゃなかった。俺はただ、陽輔が──



「おい」

いきなり後ろから声が聞こえて、俺は涙を必死にこらえながら振り向いた。相手の顔が見えてもなお、俺が涙をこらえるのは不可能に近かった。

「お前、なんで俺のクラスにこねえんだよ。メールも送ってきやがらねえし」

「え……」

陽輔は怒ってるみたいだった。いくら嫌ってる相手といったって、いきなりまとわりついてこなくなったら気になるものなのかもしれない。

「だって、陽輔の迷惑になるから」

「そんなの今さらだろ」

陽輔の声は冷たい。でもいつもとは違う、どこか無理をしているような冷たさだった。

「俺、今までずっと、いつか陽輔が俺のことすきになってくれるって思ってた。やっと気づいたんだ、それが俺の思い込みだって。だから──」

「俺は、」

陽輔は俺に最後まで話をさせてくれなかった。俺はちらちらと光る木漏れ日のせいで、陽輔の顔がよく見えなかった。

「俺はずっと、お前がうっとうしくて仕方なかった。『運命だから』とか言って俺に告白してくるお前を、異常だって思ってたんだ。でも──」

そう話しながら歩み寄ってきた陽輔は、俺の目の前でゆっくりとしゃがんだ。

「お前が急に俺んとここなくなって、嬉しいどころか悲しくなった。あれだけ俺のこと好きだって言ってたのに、急に何で離れてくんだろうって、ずっとイライラしてた」

俺は陽輔の言葉を素直に受け入れられなかった。これは俺の夢なんじゃないだろうか。陽輔が俺と話せなくて苛立ってたなんて、そんなことあるわけない。だって陽輔は今までさんざん、俺を拒否してきたんだ。

「お前の思惑通りことが運ぶのは癪だけど、俺、たぶんお前のことが好きなんだと思う」

「よ、陽輔…」

すきだ、って陽輔から言われて、夢だなんだとぐるぐる俺の頭の中をまわっていた考えは、一瞬で吹き飛んだ。陽輔が、俺を、すき。そんなの、幸せすぎてしにそうだ。

陽輔はのぼせ上がる俺の頭をつかみ、顔を近づけてきた。俺は舞い上がりすぎて、陽輔にならなにされてもいいって思った。

「俺、今ものすごくお前にキスしたいって思ってる。誰かにこんな気持ちもったの、初めてだ。これもお前の言う、運命なのかもな」

陽輔は赤い糸の見える左手で、俺の頬を優しくなでた。俺は右手を彼の手に重ね、陽輔の温もりを感じた。

「違うよ陽輔、運命じゃない。それは、きっと─」

それはきっと、ずっと陽輔がすきだった俺を、陽輔が好きになってくれただけのこと。俺も陽輔も、お互いをあいしてるだけのことだ。

俺は陽輔に、好きになってくれてありがとうって言いたかった。けれど俺が口を開く前に、俺の言葉は陽輔の唇によって吸い取られた。


陽輔、俺は幸せだ。
だって俺はずっと前から、陽輔とこうしたかった。
二人重ねるその手に、もう赤い糸は不必要だった。


おしまい
2008/10/29
ウロコボーイズ投稿

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