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騒擾恋愛
冬にて






「あ」

「……え?」


外はいてつくような風、わずかではあるが雪が降り始めている。
寒さがいっそう厳しくなった頃、近くの大型デパートで待ち合わせをしていた俺は、そこで予想外の人物に出会った。


「……百瀬」

「千石君」

百瀬とは最近ずっと話していなかったせいで、こうして隣に立っているだけですごく懐かしく感じる。彼女の私服姿は予想に違わずとても可愛らしかった。

「こんなところで、何してるんだ」

「塾の帰りにちょっと寄ってみたの。千石君は?」

「俺は、買い物に……」

本当は人と待ち合わせしているのだが、勘が良さそうな百瀬に気を使わせてしまうのではないかと思い、とっさに嘘をつく。彼女はそんな俺にも屈託なく話しかけてきた。

「勉強は? 進んでる?」

「まあ、ほどほどに」

「千石君、努力家だもんね。大学はどこに行くか決めてるの?」

なぜそんなことを訊くのだろうと思い言い淀んでいると、百瀬が申し訳なさそうに話を続けた。

「実は日生君がね、知りたがってるんだけど」

「た、頼むからおしえないでくれ……」

いつもストーカーのごとく付きまとう後輩を思いだし頭が痛くなる。大学までついてこられたらたまったものではない。

「うん、わかった。後輩に慕われるのも大変だね」

「慕われる……?」

「ほら、水島君? だっけ。毎日会いに来るじゃない」

「……あんまり嬉しくない」

日生よりさらにしつこくたちの悪い男の話に顔をしかめる。そんな俺を見て百瀬は可笑しそうに笑っていた。

「……千石君も、頑張ってるんだね。私の目指してる大学ギリギリだから、私ももっともっと頑張らないとなぁ…」

百瀬の言葉に若干の疲れが滲んでいるを感じて、彼女も大変なのだなと思った。俺も毎日かなり努力しているつもりだが、成果はあまり見えない。きっと沢木と同じ大学は難しいだろう。もともと死ぬほど努力して入れた高校だ。そのトップを走っている沢木にはどうしても追い付けない。そろそろ現実が見えてきて、進路のことはあまり考えたくないのが正直な気持ちだった。

「卒業したら、もう千石君とは会えなくなるんだね……」

「え?」

百瀬の小さな言葉に反応するも、彼女は静かに首を振るだけだ。

「ううん、何でもない。じゃあお互い頑張ろうね。ばいばい、千石君」

「……ばいばい」

笑顔で手を振る百瀬に、俺は片手を少しだけあげる。彼女の背中を見送りながら、どこからきたのかわからないため息をひっそりとついた。




「ここにいたのか、千石」

「う、わ!」

突然後ろから声をかけられ俺は思わず仰け反る。振り替えるとそこには待ち人の沢木が立っていた。

「なんだ、びっくりさせんなよ……」

「そんなつもりはなかったんだけど、ごめん」

「それはいいけどさぁ、ずいぶん遅いじゃねーの、ご主人様」

「お前、人の黒歴史を……」

項垂れる沢木を見てけらけらと笑う俺。おかえしとばかりに沢木はじっとりとした視線をよこしてきた。

「……で、千石はなんで百瀬と一緒にいたわけ」

「見てたのかよ! ……たまたま会ったんだ、たまたま」

「なに話してたんだ?」

「別に、たいした話はしてない」

「……ふーん」

不満そうな目で百瀬が歩いていった方を見据える沢木。俺はさすがにちょっと腹が立って沢木の腕を掴んだ。

「百瀬のこと、変に勘ぐるなよ。俺は浮気なんかしねぇし、百瀬だって恋人がいる男に手ぇ出すようなヤツじゃない」

「……」

百瀬を悪く思ってほしくなくて、つい語気を強めてしまう。自分の恋人が、一時でも俺の友人となってくれた彼女を嫌うところはあまり見たくない。

「沢木、百瀬のことは……っ」

さらに続けようとした俺の口を沢木がその唇でもって塞ぐ。普段なら学校なんかで間違ってもしないことを平気でやってのけた沢木に、俺は一瞬頭が真っ白になった。

「ばっ……見られたらどうすんだよ!」

「さあ、どうしようか」


小声で叫ぶ俺に、沢木はなんでもないような声で返事をした。ほんとはバレるのが怖いくせに、らしくないことをする。いくら一瞬とはいえ誰かに見られててもおかしくないのに。


「……知らねぇぞ、俺は」

「うん」

突然の沢木の行動に驚きつつ、嬉しかったのもまた事実だ。しかしこちらが照れているのがまるわかりで、なんだか俺ばっかりが恥ずかしい。

「俺、今日は色々買いたいものがあるんだ。でもとりあえず千石はこれ、ちょっと見といて」

「?」

沢木は鞄から数枚の紙を取りだし笑顔で渡してくる。そこに書かれていたのはマンションの見取り図らしいものだった。

「……大学入ったら一人暮らししようと思ってる。まだ部屋を探してる途中なんだけど」

「一人暮らし……」

きょとんとする俺に沢木がにっこりと微笑み、紙の束を指差した。

「千石、よければ俺と一緒に住んでくれないか」

「えっ」

言われたことはわかるのに、あまりに突拍子すぎて脳の理解がまったく追い付かなかった。紙を持ったままフリーズする俺の腕を、沢木が不安そうにそっと掴む。

「家を出るなら親にも負担がかかるだろうし、無理なら断ってくれても……」

「む、無理じゃない! 無理、じゃない」

何も考えずに出た言葉がそれだった。現実的に考えれば色々悩むべき問題はあるはずだが、何より自分の一番の気持ちを優先してしまう。

「一緒に住めたら、もし千石と大学が違ってもずっと一緒にいられるだろうと思って」

「……うん」

沢木の優しい言葉に柄にもなく泣きそうになる。俺の不安など、沢木にはとうにバレていたのだ。


「……ありがとう、沢木」

「こっちこそ、ありがとう」

何が? と訊ねる俺に、沢木は顔を綻ばせて嬉しそうに答えた。


「俺を好きになってくれて、今日まで好きでいてくれて、ありがとう」

「……」

沢木の手が、声が心地いい。沢木とこのままずっと一緒にいられたら、他にはもう何もいらない。


礼を言うのは、きっと俺の方だ。
俺に話しかけてくれて、俺にたくさんの思い出をくれて、好きになってくれて、本当にありがとう。

沢木から視線を反らし、見えないように目尻を拭う。冷えていたはずの俺の身体は、いつの間にかすっかり温まっていた。

おしまい

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あきゅろす。
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