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騒擾恋愛
004


しばらく地面に腰をおろしていた俺達だが、やがて沢木がのっそりと立ち上がった。そして重たい足取りで茂みに向かって歩いていく。

「沢木、怪我は……」

「見てくれより酷くない。それに千石の方が重症だろ。腕、早く病院に行かなきゃ」

「こんなもん慣れてるから平気だ。救急車なんか呼ぶんじゃねえぞ。学校にバレたら面倒くせぇし、1人で行ける」

「……わかったよ」

投げやりに答えながらずかずかと茂みに踏み込んでいく沢木。そしてなにやら辺りを漁っていたかと思うと、なぜか手にハンドカメラを握って戻ってきた。

「沢木? 何だ、それ」

「……俺がただ殴られるためだけにあの1年を呼び出すわけないだろう。奴らが俺をリンチしてるところを隠し撮りして、退学にしてやろうと思ってたんだよ」

「……」

意外とえげつない沢木の企みに俺は一瞬言葉を失う。沢木はぶらさげたカメラを見ながら小さく苦笑した。

「これでも十分退学にはできると思うけど、会話が会話だしなぁ」

「何でお前、そんなこと……」

そこまでして水島達をこの学校から追い出したかったのか。ひょっとしたら大怪我を…いや、怪我なんかではすまなかったかもしれないのに。そんなこと、こいつだって十分わかってるはずなのに。

沢木は俺の問いにしばらく思い詰めたように黙り込み、やがてゆっくりと口を開いた。

「――千石。少しだけ、俺の話を聞いて欲しい。長くなるかもしれないけど、千石には話しておきたいことなんだ」












俺の隣に腰をおろした沢木は、痛々しい顔を伏せながら話し出した。

「俺がお前の告白を受けたのは、ちょっとした好奇心だったんだ。遊びみたいなもんだったんだよ」

「えっ」

予想はしていたことだが、こうもあっけらかんと言われると悲しくなってくる。そして今度は、どんな顔をして沢木を見ていればいいのかわからない。

「千石が無害だってとっくにわかってたから、ちっとも恐くはなかった。告白された時はびっくりしたけど、男が男にって、相当覚悟がいることだろう。それだけ千石が本気で俺のこと好きなんだと思ったら断れなくなった。……でも、それは別に千石のためとかじゃなくて、千石がどこまで俺を好きでいてくれるか、つい試してみたくなっただけなんだ。千石が好きになってくれた俺は、俺じゃないから」

「俺じゃない……? お前は沢木だろ?」

「ああ、でも周りに受け入れられてるのは、誰にでも優しくて友達の多い沢木瞬だ」

言葉の意味がわからず俺は顔をしかめる。沢木は小さく笑みを溢し、少しだけ躊躇いを見せつつも話し出した。

「俺はね、千石。昔は暗くて友達は1人もいなかった。だから、今も周りの目ばかり気にしてしまう。自分を取り繕ってしまうんだ」

「沢木……?」

友達がいない? 暗い? そんなのは嘘だろう。だって沢木は明るくて、優しくて、いつもたくさんの友達に囲まれているような男だ。

「その顔、信じてないだろう。でも本当のことだよ。小学生の俺はひょろくてチビで、うじうじしてたからいじめがいがあったんだろうな。最後の方はほとんど学校には行ってなかった。俺が中学に上がるのをきっかけに今の家に引っ越すことになったんだ。親は何もいわなかったけど、俺のためだったは嫌でもわかる。親にも弟にも、本当に迷惑をかけた」

「……」

沢木の顔が苦しそうに歪む。きっと信じがたくともこの話は真実なのだろう。こうして話しているだけでつらいはずだ。

「これ以上親に心配かけるにはいかなかったから、俺は友達をつくるため積極的に話しかけたり、好かれる努力をしたよ。幸い中学になったら背ものびて、いじめの原因の1つだった女顔でもなくなってきていたしね。中学の新しいクラスメート達は本当に優しくて、友達もたくさんできて毎日幸せだった。いつの間にか、小学校の時のイジメは運が悪かったんだって思うようになってた。あのクラスは最低な奴の集まりで、これが普通なんだって。でも、そうじゃなかった」

沢木の顔つきが変わる。今までのつらそうな表情から一変、何かを恨むかのような目付きをしていた。

「俺が理想とし、尊敬すらしていた友達の中にもいじめはあった。それを俺が長い間知らずに済んだのは、俺が優しくて友達の多い優等生を演じてたからだ。……標的は昔の俺みたいな奴だった。一歩間違えてたら俺がこうなってたんだってわかってからは、大好きだった友達相手にいつも怯えてた。でもそれよりも怖かったのが、俺がそのいじめを止められなかったってことだ。俺は、俺が憎んできた奴らと同じことをしてたんだ」

「それは違う、違うだろ沢木」

忌々しげに自分のことを罵る沢木の肩にそっと触れる。しかし俺の手は乱暴に振り払われだ。

「おんなじだよ。俺は自分が次の標的になるのが恐くて、そいつを見捨てることにした」

「そんなの、怖いのは当然だ。経験があるなら尚更。でも沢木はそいつを傷つけたかったわけじゃないんだろ? 沢木1人がいじめてた奴らに立ち向かう道理はない。立ち向かうべきはいじめられてる本人だ」

しなくていい自己嫌悪に陥っている沢木に俺は言い聞かせるように叫んだか、沢木は薄く笑っただけだった。

「……それは、強い奴の考え方だな。俺は弱いから、いじめてきた奴も見てただけの奴も、さほど大差なく恐かったよ」

「沢木……」

「周りの連中なんか、みんな一緒だ。みんな自分本位で、臭いものには蓋をして、人を嫌うのが大得意だ。――でも」

沢木がそっと顔を上げて俺を見つめる。擦り傷が痛々しい頬と蟀谷(こめかみ)。土と血で汚れた沢木の、彼のその目はなぜか輝いてみえた。

「千石、お前だけは違った。お前だけが、俺の知ってる連中とはまるで違っていたんだ」


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あきゅろす。
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