騒擾恋愛
002
「はあ? 何言っちゃってんの、お前」
不良達が眉を顰める中、水島は愉しそうに笑っていた。馬鹿馬鹿しいと言わんばかりの顔で沢木と睨みあっている。
「そんなに千石さんを1人にしたいわけ? あんたの場所を俺が盗ろうとしてんのが、そんなに気に食わねぇか。自分で捨てたくせにさぁ」
「そういうつもりじゃない。ただ、お前らといたら千石は駄目になる」
「な、なんだとてめぇ!」
沢木の言葉に他の奴らもキレたのか、口々に罵り始める。こんな大人数を相手にして沢木はほんと何を考えているんだ。
「ふざけたこと抜かしやがって! 何様のつもりだ!」
「千石さんはもともとこっち側の人間なんだよ! お前こそ引っ込め!」
一触即発の雰囲気にも関わらず沢木はまったく表情を変えなかった。男達のがなり声の中、怯えもせずにまっすぐと立っている。
「……俺のせいで、千石は昔の千石に戻った。そのせいで怪我もした。このまま放っておけば学校もサボって、喧嘩ばかりするようになる。千石の将来が、なくなってしまう」
「将来、だって?」
水島の口元が嘲るように緩む。くだらない、目がそう言っていた。
「ああ、そうだ。お前達は千石に相応しくない」
「ならお前はどうなんだよ。人のこと言えんのか?」
責めるような口調で追い詰めていく水島に、沢木が一瞬言葉に詰まった。
「俺は、お前ら以上に千石に相応しくないよ。だから、もう一緒にはいられない。離れないと、いま以上に千石を傷つける。でもそれとお前達のことは別だ」
「へぇ……。でもさぁ沢木サン。お前のいうことなんか、俺が大人しくきくと思ってんの?」
「どんな手を使ってでもきかせてやる。お前なんかちっとも恐くないよ、水島」
沢木に小馬鹿にされても、水島は顔色1つ変えなかった。けれど他の不良達がそんな沢木の態度に黙っているはずもなく怒りを露にしていた。
「てめぇ水島さんになめたこと抜かしてんじゃねぇぞ!」
「ぶっ殺してやる!」
「……っ」
1人が動いたのを皮切りに、奴らは一斉に沢木に飛びかかっていく。俺が止めに入る間もなく沢木は容赦なく殴り飛ばされた。
「う…っ!」
「沢木!」
もう黙って隠れていることはできなかった。茂みから飛び出した俺はなおも沢木を殴り続ける集団に飛び込み、奴らの身体を投げ飛ばした。
「千石さん!?」
突然現れた俺に弾き飛ばされ、男達は驚く。沢木は口から血を流し、頬にアザまでつくっている。
「千石……、なんでここに」
「沢木! 大丈夫か!?」
もっと早く俺が出ていっておけば良かった。沢木はそう後悔せずにはいられないほどの重症だった。集団で暴行を受けた、一瞬で全身傷だらけになってしまっている。
「……てめぇら、沢木をこんなにしやがって。俺はこういうのが一番嫌いだって言ったよなぁ…」
「やめろ千石! お前は手を出すな!」
沢木の制止の声を後方に聞きながら、俺は顔を青くさせる男共に視線を向ける。よっぽと殴り飛ばしてやりたかったが、奴らに挑戦的な言葉を吐いたのは他ならぬ沢木だと思いだし、なんとか思い止まった。
「せっ、千石さん」
「…今すぐ、俺の前から失せろ」
「……っ」
「沢木には二度と近づくな。次はねぇぞ」
ありったけの怒りを込めて睨んでやると、奴らは頭を下げてあっという間に走り去っていく。その場に残ったのは水島ただ1人だった。
「……水島、お前もだ」
威嚇するような声で命令しても、奴は少しも動かなかった。俺は怪我をした沢木の肩を抱き上げ怪我の具合を確かめる。意識はあるが、見えるところだけでもかなりの傷と痣ができていた。
「俺はあんたのいうことはきかない。でもいいよ、千石さん。殴りたいなら殴れば。俺だって黙ってやられたりしねぇけどな」
「……」
肩をすくめながら気怠そうに俺を見ている水島。けれどその目は何かに取り憑かれような激しい色を帯びていた。
「もう一度賭けをしようぜ、これが最後の賭けだ。もしあんたが勝ったら後は好きにしたらいい。俺はもう沢木さんに干渉しないよ。でもあんたが負けたら、そん時は……」
「その時は?」
何がそんなに嬉しいのか、俺の疑問に水島はとびっきりの笑顔見せた。
「今ここで、あんたを俺の物にする。例えあんたが、血まみれになってようが気絶してようがな」
「………馬鹿馬鹿しい」
俺は沢木をそっと地面に寝かせ、水島に向き直る。奴の歪んだ口許に感情が高ぶっていった。
「なあ…、やろうぜ千石さん。まさか逃げたりしないよなぁ」
「当たり前だろ」
「やめろ千石! やめろってば!」
沢木が必死に止める声は聞こえていたが、その声が俺の衝動を止めることはなかった。この俺が負けるはずがない。水島を倒し沢木に害とするものを排除すること、俺の頭にはそれだけしかなかった。
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