騒擾恋愛 005 そこからの水島の行動は早かった。躊躇う様子を微塵も見せることなく沢木の顔めがけて足を振り上げる。奴の動きについていけない沢木は目をつぶり来る衝撃に備えることしかできない。けれどその足が沢木の顔を傷つけることはなかった。水島がギリギリのところで寸土めをしたのだ。 「どうしたよ、沢木サン。そんなんじゃあっという間にやられちまうぜ」 「……っ」 目前にある足に目を見開く沢木。水島に対する怯えが俺にも伝わってきそうだった。 「今なら逃げてもいいんだけどなぁ。黙って出てってくれんなら、無傷でここから帰してやんのに」 そういって嘲笑う水島はまるでそれを望んでいるようだった。いや、実際望んでいるのだろう。奴は沢木に、俺を見捨て逃げて欲しいのだ。 「沢木! なにを気にしてんだよ。俺なんかほっといてさっさと出てけ!」 沢木が傷つくところなど絶対に見たくない。それが今の俺の心からの願いだ。沢木が痛い思いをするぐらいなら今すぐに逃げて欲しい。けれどそんな俺の思いとは裏腹に沢木はその場からまったく動こうとしなかった。 「沢木サンさぁ、今さらかっこつけて何になんの? とっくに見捨ててるくせに。千石さんに関わってこないんなら、俺はあんたなんかどうだっていいんだ」 水島は沢木の胸ぐらを掴みあげると壁に強く押し付ける。沢木は痛みに顔をしかめていたが、水島はますます殺気だっていた。 「胸張って千石さんのこと愛してるって言えもしねぇくせに、のこのこ邪魔しに来てんじゃねぇよ」 沢木の顔がいっそう苦痛に歪む。首をゆっくりと絞められていくも、沢木はかすれた声を出し水島を睨み付けた。 「せ…千石は、お前が手を出していい奴じゃない…」 「はあ? そういう自分はどうなわけ」 「……っ。…俺は、千石をおいてはいかない。指一本、お前には触らせない」 途切れ途切れに聞こえる沢木の言葉。その声には水島への恐怖を凌ぐほどの怒りの感情が含まれている。俺は今にも泣いてしまいそうだったが水島は笑っていた。 「てめぇのその減らない口をきけなくしてやる。意識だけは残しといてやるよ。元恋人が他の男に突っ込まれる様を黙って見てるんだな」 「ぐっ…」 「沢木!」 拳を腹に一発くらった沢木はその場に崩れ落ちる。すぐに気絶されたくないのか水島は明らかに手加減していた。 「ヘーキヘーキ。こんなんじゃ人間死なないからさぁ」 「沢木! 沢木!」 蹴られ続ける頭を庇い耐えている沢木に俺はあらんかぎりの力で叫び続けた。水島は攻撃の手をやめることはないし、沢木はまともに抵抗することもできない。 「やめろ水島! やめろ!」 助けられないとわかっていても俺はなんとか手枷をはずそうと暴れる。目的はただ1つ、拘束をとき沢木を助け出すことだ。しかし口から血を流す沢木の姿が目に入った瞬間、俺の理性の糸が切れ、頭上からバキッという派手な音がした。 「……おいおい、マジかよ。それ、おもちゃでもかなり頑丈にできてんだけど」 音に反応して振り返った水島の唖然とした言葉が転がる。真っ二つに引きちぎられた手錠の鎖を、信じられないといったふうに凝視する水島。手首には鋭い痛みを感じたが、俺はかまわず立ち上がり反応される前に奴の腹に一発ぶちこんでやった。 「ぐっ!」 水島の身体がぐらりと崩れ落ちる。もう一発、と身体を傾けたが、俺の身体もよろけて床に膝をついてしまった。 「くそっ…」 まともな思考をなんとか取り戻し、あのとき盛られた得体のしれない薬の効果がまだ続いていることを理解する。腹を押さえながらもすぐに身体を起こす水島を見て、不利だと判断した俺は沢木の手を掴み立ち上がった。 「沢木、来い!」 「えっ」 本音をいえばもっと水島を殴ってやりたかったが、この状況ではこちらがやり返されてしまう可能性もある。せっかくのチャンスを逃すわけにもいかず、俺は玄関に向かい自分の靴をひっつかむと沢木を引きずるようにして部屋から飛び出した。 [*前へ][次へ#] [戻る] |