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騒擾恋愛
002


うっすらと目を開けた先にあったのは見慣れぬ天井。覚醒した俺は自分がベッドの上で万歳の姿勢をとっていることに気づいた。腕を下ろそうとするも手首が何かに拘束されていて動かせない。


「――あ、起きた?」

すぐ側で水島の声が聞こえた瞬間、奴にされたことを思い出し血の気が引いた。頭が痛むのもかまわず水島に飛びかかろうとしたが、当然起き上がることはできない。

「水島っ、これは何なんだ!」

「なにって、手錠。おもちゃのだけど、千石さんのために用意したんだ」

「違う! 何の真似かってきいてんだよ!」

怒鳴る俺なんてどこ吹く風で、水島は椅子に腰掛け頬杖をついていた。自分のしていることがこれっぽっちもわかっていない顔だ。

「だからー、千石さんが本当に沢木瞬に未練があるのかどうか確かめるために、俺に抱かれてみたらいいんじゃんと思って。それでこれっぽっちも気持ちよくなかったら、沢木は千石さんの特別ってわけだ。だろ?」

「…ふざけんな、何で俺が好き好んでお前のいいようにされなきゃならねぇんだ。いいからさっさとこれ外せ」

ここ最近で水島の印象がマシなものに変わりつつあったがに、やはりこいつは最低の変態野郎だ。悪ふざけにしても許せない。けれど水島はちっとも俺の話を聞いていないようで、のんきに髪をいじくっていた。

「千石さん、賭けをしようよ」

「賭け?」

水島が手に何かをぶら下げてこちらに掲げてくる。それはポケットの中にあるはずの俺の携帯だった。

「お前それ…っ、返せよ!」

水島はにっこり笑いながら俺の横に立ち、携帯をこちらにかまえた。

「はい、チーズ」

「なっ」

カシャッという音と共に俺の携帯のシャッターが押される。水島が得意満面に手錠で拘束される俺の写真を見せてきた。

「ほら、よく撮れてる。この携帯画質いいなぁ」

「てめぇ、んなもん撮ってどうするつもりだよ」

奴の携帯ならともかく俺の携帯にそんな写真を保存してどうなるというのか。しかし水島はどこまでも俺を無視して携帯を操作し続けていた。

「あー、やっぱりまだあった。画像添付、っと」

不安を誘う一人言を呟いていたかと思うと、奴は携帯を素早く耳にあてる。どうやら誰かに電話をかけているらしかい。
まさか、こいつ……。

「――ああ、沢木先輩? よかった出てくれて」

「なっ」

嫌な予感が的中し、息が漏れるような声が口から飛び出した。どうしてこいつはいきなり沢木なんかに電話をかけてるんだ。

「ごめんなぁ、千石さんじゃなくって。俺、水島英雄。エイユウって書いて英雄ね。久しぶり。俺が送った写真見てくれたー? よく撮れてるっしょ」

俺の携帯からかすかに沢木のくぐもった声が聞こえる。なにやらせっぱ詰まっているのがここからでも伝わってくる。画像ってまさか、さっきのふざけた写メじゃないだろうな。

「ところであんた、今どこにいんの。あ? だから今どこだっつってんの。……あー、じゃあ15分ぐらいで来れるよな。俺んち、駅前の月極め駐車場のすぐ横にあるアパートだから。203号室」

何を考えているのか沢木をここに呼びだそうとする水島。奴が来るはずがないが、こんなことならさっさと沢木の番号なんか削除しておけば良かった。

「鍵開けてるからさ、もしあんたが千石さんのことほんとは好きだってんなら、15分以内に迎えにおいで」

「は!? ちょ、てめ何を……っ」

水島は言いたいことだけ言って、さっさと電話をきってしまう。携帯をベッドから離れた机に置くと、壁にかかった時計を見上げた。

「賭けだよ、千石さん。沢木瞬が15分以内にちゃんとここに現れたら、解放してやる」

「な、なに勝手なこと言ってんだよ! だいたい、アイツがこんな所に来るわけないだろ!」

俺は沢木に捨てられたのだ。その沢木が危険を犯して水島の家までのこのこやってくるとは思えない。

「そうかなー、千石さんのことが少しでも好きなら、黙って見てるはずがないと思うけど。無視したらどうなるか簡単に想像つくだろーし」

「どうなるか?」

口元に不遜な笑みを浮かべ、水島が俺を見下ろしている。奴は俺の腹にそっと手をのせた。


「あいつが15分たっても来なかったら、千石さん、あんたは俺の物になるんだよ」


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