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騒擾恋愛
004


俺が水島達と一緒にいるようになってから数日がたった。俺と沢木はまだ一言も話してはいない。まるで最初から関係などなかったかのように。奴は赤の他人のように俺を無視していたが、それはこちらとしても好都合だ。俺はもうあの男と関わり合うつもりはいっさいない。
だからこそ、この時の自分の行動は信じられないものだった。






木曜日の放課後、1人教室に残っていた俺は自分のしていることに愕然とした。いつもならさっさと学校なんか出るところだが、俺はまだここにいる。それは沢木と付き合っていた時の習慣だった。俺は、いつもここで沢木が委員会から戻ってくるのを待っていた。だがそれはもうつい最近までの話で今はもう関係ない。それなのに、どうして――


「くそっ…何してんだよ俺は!」

小さく悪態をついた俺は鞄をひっつかみ、すぐさま教室から出ようとする。けれどドア口で思いもよらぬ相手にぶつかってしまった。

「うわっ!」

「あ…」

よろめく男の顔を見た瞬間、俺は唖然とした。それは向こうも同じだったらしく、その男――沢木も言葉を失っている。

「お前っ、なんでここに…」

俺は驚きのあまり奴にそんなことを聞いてしまった。沢木が委員会で使っている教室はこのクラスよりも下駄箱に近い。鞄も持っているようだし、なぜ教室に引き返してきたのか。

「千石こそ、どうしてまだいるんだ?」

「……っ、関係ないだろ」

まさか、いつもの癖でお前を待っていたなどと言えるわけがない。いたたまれなくなった俺は沢木から逃げるように教室を出ようとしたが、出口は奴の腕によって塞がれた。

「待てよ」

突然の沢木の行動にあっけにとられた。沢木は何か言おうとしているのか口が迷う仕草をしていたが、俺は迷わず沢木を突き放した。

「何だってんだよ、てめぇ。もう俺とお前は何の関係もねぇんだ。殴られたくないなら、俺には二度と近づくな!」

今の俺と沢木は無関係で、すべては消したい過去だった。それが俺の望みであることは確かだが、奴が望んだことでもある。今更干渉などされても困るだけだ。

「……殴られたくないなら、だって?」

しかし俺の言葉は沢木の逆鱗に触れてしまったらしい。本気で怒っているときの沢木を知っているだけに少しだけ後込みしてしまう。そして沢木はその瞬間を見逃さず、俺の身体を机の上に押し倒した。不意をつかれ、反応する間もなく首筋に顔を埋められる。

「んっ…」

無防備な声を出してしまい羞恥のあまり顔が赤らむ。まさか沢木がそんなことをしてくるなどとは思ってもみなかった。

「どうした千石。早く殴れよ」

「……」

何も言えない俺に、沢木は馬鹿にしたような笑みを見せる。そのツラは俺を激昂させたが、身体はまったく言うことを聞いてくれない。

「この体勢、前と同じだな。あのとき、千石は泣いてたっけ。いや、それはいつものことだけど」

あのとき、というのがこの教室で奴にヤられたときのことだとすぐにわかった。泣いていたのは単に痛かったのもあるが、もしかすると本当はプライドが許しきれていなかったのかもしれない。でも俺は黙って受け入れていた。それほどまでに俺は、この男が、沢木のことが――


「千石は変わってないね」

何も言えず、何もできない俺を見て沢木は満足そうに笑う。変わってないなんて、そんなことは絶対にありえない。沢木が知っている俺と今の俺は180度違う人間だ。

「いきなり水島達と行動するようになって、どうしたのかと思ったけど。なんだ、まだ俺のこと好きなのか」

「ば、馬鹿言うなっ! 誰かお前なんか!」

「…だったらさっさと殴れよ。こんなコケにされて、黙ってなんかいられないだろ」

沢木はまるで俺に殴って欲しいような言い方をする。俺だってほんとはさっさとぶん殴ってやりたい。こいつにされたことを考えたら当然だ。思い出すだけても腹が立つ。俺はこんな奴、こんな奴に…!

「……っ」

確かな怒りと憎しみを持っているにもかかわらず、俺の手はまったく動こうとしなかった。拳を握ることはできても、沢木の顔を見た瞬間それを降り下ろす力がなくなってしまう。そんな自分は嫌なのに、沢木を傷つけることだけはどうしてもできなかった。

「今更なんなんだよ沢木! 俺を拒絶しておいて、どうしてこんなことするんだ! もし俺に言いたいことがあるなら、さっさと言え!」

そしてさっさと、俺の前から消えてくれ。俺をこれ以上揺さぶるのはやめてくれ。俺はもう、前までの千石伊織じゃないんだから。




「…その怪我、どうしたんだよ」


「え?」

予想だにしなかった沢木の言葉に、俺は素で聞き返してしまう。沢木の表情は俺を馬鹿にするでもなく、とても真剣なものだった。

「怪我だよ。相当ひどいだろ、それ。ちゃんと病院には行ったのか」

「なんだよ、それ……」


いけない、これ以上沢木と一緒にいては駄目だ。どうでもいい男の言葉に、俺はまた泣きそうになっている。沢木が一番言いたかったこと、それが俺の心配だって? あんな風に俺を突き放しておいて、何を今更…。

「俺と別れたのはお前の意思だろ。だったらもう関わってくんな。こっちだってお前と別れられて清々してんだ」

「千石…」

「どけ!」


沢木を殴れない自分。あいつのいうことで、いちいち感情的になる自分。
――どれもこれも、未だに沢木に未練がある証拠だ。

沢木の身体を突っ飛ばし、走ってその場から立ち去る。自分の中にある想いを自覚することが、俺はとても恐ろしかった。


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あきゅろす。
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