騒擾恋愛
003
俺が屋上に行くと、そこには意外な人物が待っていた。正確に言うと、その前に俺はたくさんの1年によってもみくちゃにされたのだか。
「千石さん! 千石さんだ!」
「水島さんの言った通りだ! すげぇ!」
わらわらと寄ってきた1年に俺は思わず後ずさってしまう。輝いた瞳でこっちを見る男達にさすがの俺も少し引いていた。
「さっ、千石さんこちらにどうぞ」
「水島さんもお疲れ様でした!」
水島と共に特等席らしい場所(といっても屋上)に誘導され、あれよあれよという間に座らされた。すると1人の背の高い男が俺に近づき、パンを差し出してきた。
「千石さん、よろしければこれを昼に!」
「あ、ああ……ってお前!」
そこにいたのは百瀬の後輩で、その後色々なものがうやむやになっていた日生だった。驚く俺に奴はなぜか照れくさそうにしながらその場に膝をついた。
「どーもっす、千石さん」
「なんでお前がここにいるんだよ! お前は…」
俺は日生と横でへらへら笑っている水島を交互に見比べる。今までの日生の行動がみるみるうちに俺の中で繋がっていった。
「お前、俺のこと騙したんだな! 水島とグルだったんだろ!」
「騙したなんて! ただ水島さんの言われた通りにしただけっすよ。俺は嘘ついてないすもん」
必死に言い訳をする日生を放置して俺は水島を睨みつけた。きっと俺を校舎裏に呼び出したのはこいつだ。そしてあの男と別れるように仕向けたのだ。
「いやー、さすがの俺もあそこまで上手くいくとは思ってなくて、びっくりしたんだけどさぁ」
「水島、てめぇ…」
「あれ、怒ってんの? 確かに嘘ついたのは悪かったけど、結果的に良かったんだからオッケーじゃん」
確かに、水島にあんなことをされなければ俺はまだあの野郎と付き合っていた可能性が高い。というか十中八九まだ付き合っていただろう。あんなお遊びみたいな恋愛ごっこに、いつまでもうつつをぬかしていたのだと思うと本当にぞっとする。
「オッケーじゃねえよ馬鹿。裏でこそこそするような奴に腹立つ以外の感情が芽生えるか」
「ああするしかなかったんだってー。大目に見てよ千石さん」
俺達の会話を訳も分からずぽかんと聞いているその他の1年。つっこまれると困るのは俺なわけだが、俺には水島や日生が余計なことを言わないように願うことしかできない。
「とりあえず、千石さんが戻ってきたんすから、これ以上他の学校の奴らに調子づかせるわけにはいかないっすね」
日生の言葉に他の奴らが賛同し口々に話し始める。なんとか高校の誰々がムカつく、潰したいだのと騒ぐ男達に、1年以上平和に生活していた俺は取り残されたような気分を味わった。
「千石さん」
騒ぐ男達の中で、日生だけは神妙な顔をして俺を見ていた。
「すみません。俺、ほんとに騙す気はなかったんすけど、千石さんに嫌われたくないし頭下げます」
「……」
「千石さんは遠目で見たことしかなかったすけど、中学んときからずっと憧れてて絶対同じ高校に入るって決めてました。だから必死に勉強してここに入ったんですけど、千石さん別人みたいになってて…。最初は本当にショックだったっす」
そう話す日生はいつになく真剣で、ついつい俺も真面目に聞いていた。こいつが不良だとまったく気づけなかった俺もきっと感覚が鈍っているのだろう。
「でも、千石さんがそうすんならって、今から考えるとすげー浅はかなんすけど、俺も真面目になろうと思ったんす。きっかけとして文化部に入って、喧嘩とも縁を切りました。百瀬先輩を通じて千石さんと話せたときはすっげぇ幸せで、もう死んでもいいって感じでした」
俺に対してまったく物怖じしない日生のことをずっと変わった奴だと思っていたが、元不良ならば納得だ。よくよく振り返ってみれば、日生の俺に対する態度は他の不良1年のそれとまったく同じだった。
「でも、やっぱ俺が憧れてんのは昔の千石さんだったんすよね。だから水島さんの指示に従ったんです。まあ、フツーに水島さんが怖かったのもあるんすけど…」
「えー、俺ぇ? 怖がらせた覚えなんかないんだけど」
「勘弁してくださいよ水島さん! あんなの十分脅しっすよ!」
泣きそうな日生の顔を見て、こんな表情もするのかと俺は思わず笑ってしまった。すると日生は俺に顔を近づけ小さな声で言った。
「あの時のこと、俺は全部完全に忘れることにしましたから。何も訊きませんし、誰にも何も言わないっす」
「……」
目を丸くさせる俺に日生は頭を下げると、他の1年の話に混ざっていった。日生が気を使えるということに驚いていた俺だが、横にいた水島がにやにやと笑ってきた。
「憧れの先輩が、沢木なんていうひょろひょろの優等生にいいように扱われてたなんてやだもんなぁ。ま、百瀬実香ですら千石さんのこと気にしてきたのに、なんも言ってこなかった男のことなんか、俺もなかったことにするのが一番だと思うよ」
「……うっせぇ、てめぇに言われなくてもそうするつもりだっつーの」
だからお前はもっと俺に気を使え。あの男の名前は二度と出すな。そういう意味を込めて睨みつけたが、水島はなぜか余計に嬉しそうな顔をしていた。
その後、教室に戻ってからも俺は沢木と話すどころか、一度も目を合わせることすらなかった。
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