騒擾恋愛
002
昼休み。放っておいてもちゃんと行くというのに、水島はわざわざ俺を迎えに来た。購買でパンでも買おうかと思っていた俺は、周囲の視線を集めながら奴に引きずられるまま教室から出ることになった。
「千石さん、こっちこっち」
「おい…、あんま引っ張んな」
こっちが驚くぐらいの上機嫌で俺の腕を引く水島。しかしその力は痛みを感じる程に強い。
「せ、千石くん!」
水島に引きずられて行きそうになっていたとき、教室から俺を追うように出てきた百瀬に呼び止められる。俺は水島の力に逆らってその場に硬直した。
「……百瀬」
「ごめんね、話しかけちゃ駄目ってわかってたんだけど、どうしても気になって……千石くん、その怪我どうしたの?」
百瀬の心配そうな目に見つめられ、俺は口元の傷を押さえた。
「一昨日も早退してたし、何かあったんじゃ…」
「…お前には関係ないだろ」
これ以上目を合わせられなかった俺は百瀬に背を向ける。俺の態度にはかなりショックを受けていたみたいだが、それでも彼女はしつこく俺を追いかけてきた。
「待って千石く――」
「関係ねぇって言ってんだろうが!!」
「…きゃっ!」
俺が百瀬のすぐ横の壁に強く足の裏を押し付けると、彼女は身体を震わせ悲鳴を零す。俺はその小さな身体を見下ろし、脅すように睨みつけた。
「二度と俺に近づくなって何度言えばわかるんだよ。あんまり物分かりが悪いようじゃ女だって容赦しねぇ。次、俺に関わってきたらどうなってもしらねぇからな」
「……」
呆然とする百瀬を放置して俺は再び歩き出す。後ろから水島がついてくる足音が聞こえたが、その場から動けなくなったらしい百瀬が俺を追ってくることはなかった。
今はとにかく、俺を取り巻くすべてのものが鬱陶しい。俺への恐怖心が感じられる百瀬の顔を思い出すと、自分の中の黒いものが広がっていく気がした。
「今の、吹奏楽部の百瀬実香じゃん」
屋上への階段を上る途中、俺の横を歩いていた水島がポツリと言った。
「……お前、知ってんのか?」
「もちろん。百瀬サンはみんな知ってるでしょー。うちのガッコで一番可愛いし、間近で見れてラッキ〜。千石さんが知り合いだとは思わなかったよ」
俺を見てにやにやと笑う水島になんとなく嫌なものを感じる。何を言われても無視しようと思っていたが、予想に反して水島の表情はだんだんと冷めていった。
「でもさぁ…あの女、嫌がってる千石さんに話しかけてきたりして、ちょっと勘違いしちゃってる? そういうのすげー鬱陶しいよね」
「……」
勘違いとしつこさならお前の方がもっとひどいとは思ったが口には出さなかった。もしかすると奴には迷惑がられている自覚がないのかもしれない。
「千石さん、あの女にちょっとわからせてやろーよ。俺のツレ何人か集めてさ、百瀬先パイ、顔は可愛いんだし……ッ!」
気づいた瞬間には俺は奴の首を掴み壁に押し付けた。そして窒息しないギリギリのところまで締め上げる。
「う゛…あ…っ」
「俺はな、弱い奴を大勢で潰して優越感持つような野郎が一番嫌いなんだよ。あんな女に手ぇ上げるようなレベルの低い人間なんかと同じ空気は吸わねぇ。もしお前と周りの奴がそんな集まりなら、俺はこのまま帰る」
奴の首から手を放すと奴は咽せながらずるずると座り込んだ。俺はそんな奴を置き去りにして階段を下りた。
「…っ、…千石さんて、俺のこと痛めつけんのスキだよねぇ…。もしかしてドS? ――ああっ、嘘嘘! 待って千石さん!」
水島の言葉を無視し教室に戻ろうした俺の腕に奴が慌ててすがりついてくる。結構強く絞めてやったというのに、回復の早い男だ。
「もー冗談だって! あの女のことも、本気でそんなことするわけないじゃんか! 馬っ鹿だなぁ」
へらへら笑いながら俺を再び屋上へと引っ張っていく水島。ついさっき俺に殺されかけたというのに何故か嬉しそうだ。
「でもさー、今の言葉、裏を返せば弱いものイジメさえしなければ千石さんの側にいてもいいってことだもんね。英雄、千石さんと仲良くなれんなら、ちゃんと大人しくしてるよ!」
「……はぁ?」
上機嫌の水島は俺が帰れないよう腕をがっちりガードし、ぐいぐいと引っぱり上げる。何かうまく丸め込まれたような気がしたが、考えるのもめんどくさくなった俺はそのまま水島に引きずられていた。
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