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騒擾恋愛
煮え切らない




帰ったはいいが家の鍵を持っていなかったので、俺は開けっ放しだった窓から空き巣のごとく侵入した。あのボケッとした母親なら一カ所くらい閉め忘れているだろうと思ったのだが、予想は見事的中した。

そしてそれからしばらくの後、スーパーの袋をぶら下げ頭の中が年中お花畑な母親が帰ってきた。


「いおくーん! 今日はいお君の大好きなカレーよ〜!」

「うっせえ! 別に好きじゃねえよ!」

意気揚々とリビングにやってきた母親は俺の言葉を聞くなり買い物袋を落とした。顔を真っ青にさせ、まるで殺人鬼でも見たような目でこちらを見上げている。

「い、いお君!? その懐かしい言葉づかい…まさかあなた、元に戻ったの!? …ってやだ、怪我してるじゃない!」

「やっぱりてめぇか! よくも人の頭ん中勝手に改造しやが…」

「いやーっ! ママの可愛いいお君がーっ!!」

その場に崩れ落ちるファンシーな格好をした母親に俺の怒りが頂点に達する。子供みたいに泣きじゃくるいい年した大人に向かって俺はその怒りをぶつけた。

「うるせぇ! 親父がいない間に好き勝手やりやがって、てめぇそれでも親かよ!」

「ママはいお君のためを思ってやったのよ! あんな危ないお友達とお馬鹿なことしてたら、いお君の将来がめちゃくちゃになっちゃうもの!」

「今だって十分めちゃくちゃなんだよ! 俺のためじゃなくて、ぜんぶ自分のためだろうが!」

「酷いわ、いお君! ママの気持ちもちょっとは考えてよ! いお君はママに冷たいし、パパはいないし、寂しかったんだもん!」

「寂しかったら何してもいい訳ねえだろ! この落とし前、きっちりつけてもらうからなぁ…!」

指の関節をポキポキ鳴らしながら近づくと、母親が身体を大袈裟に震わせ年甲斐もなく涙をこぼしながら叫んだ。

「いやあああDVよ! 誰かーっ!」

「おいっ、てめ」

「誰か助けてぇぇ! 息子に殺されるー!」

「殺さねえよ! いいから静かにしろって! 近所の人来ちゃうだろ!」

「いお君の馬鹿あああ! 殴らなくたっていいじゃなーいっ!」

「殴ったことなんかないだろうが! いいからちょっと落ち着け!」



その後、俺はびーびーと泣きわめく母親をとにかく静かにさせるのに精一杯だった。ようやく平常心を取り戻した母親に手当てをしたいと言われ断ったらまた泣かれたので、おとなしく治療させてやり、結局俺はろくに怒りをぶつけることもできなかった。









次の日、俺は怪我を理由に学校をサボった。けれど元々の頑丈な身体としみついたガードの上手さのおかげで身体は軽傷だったため、その次の日は無理やり登校させられた。母親にもしサボったら学校に行ってやるとヒステリックに脅されて、それだけは嫌だった俺はおとなしく従うしかなかった。

朝から母親と喧嘩したため、俺が教室に入ったのは1時間目の終わりだった。遅刻して来た俺を見て、クラスメートがひそひそと話し始める。突然早退し1日休んだと思ったら傷だらけでやって来たのだから、そりゃあ誰でも驚くだろう。
だがそれ以上に、俺はもう一昨日までの千石伊織ではない。このクラスメート達と仲良くする気は、今の俺にはさらさらないのだ。







「千石さーん!」

休み時間、1時間目が終わってから1分としないうちに廊下から俺を呼ぶ声がした。2年の教室にずかずかと入ってきたのは例の水島ナントカだ。

「遅刻するなんて珍しー。英雄、朝から待ってたのになぁ」

「うるせぇ、俺に近寄ってくんな」

「ん?」

いつもと雰囲気も口調も違う俺に気づいた水島が何度もまばたきを繰り返す。なにもそこまでというぐらいに顔を近づけ、俺を食い入るように見つめてきた。

「千石さん、その怪我なに?」

「何でもいいだろうが」

「あんた、まさか……」

「…近いぞテメェ」

顔を離そうと立ち上がった瞬間、なぜか水島は俺の腹に一発ぶち込もうとしてきた。それにいち早く気がついた俺は考えるより先に奴の腕をひねり上げ、壁に強く押し付けた。

「ぐっ…!」

「いきなり何すんだ、水島英雄。腕折るぞ」

後ろから女子の小さな悲鳴が聞こえるもそんなことはお構いなしだ。いきなり攻撃してきやがった水島は自由になっている方の手で壁を叩いていた。

「ギブギブ! 離して千石さん!」

「……」

意外とおとなしく謝ってきたた水島を、俺は突き飛ばすことで解放してやった。怯んで逃げ出すかとも思ったが、水島英雄はそんなタイプではなかった。

「やっぱすげぇな、本物の千石さんは。元のあんたに戻っちまうほど、アイツとのことがショックだったわけ?」

「…ふざけたこと言ってるとぶっ飛ばすぞ。1年だからって容赦しねぇ」

「おお、怖。今の千石さんに逆らう気なんかないよ。命は惜しいしさぁ。それより、今日の昼休みでもいいから屋上に来ない?」

「なんで俺が」

「千石さんが休んでる間に、元北中の近藤とか元緑中の川西がデカい顔しちゃってんだよねー」

「……」

俺にちょっと突き飛ばされたぐらいではダメージがないらしい水島は、肩を回しながらそんなことを呟く。俺は別に群れるのが嫌いなわけではないが、屋上に行ってこいつを中心とした1年の不良グループに入るのはなんとなく不快だ。水島と話していると馬鹿にされているような気がするし、昨日なんて何の嫌がらせかはわからないがいきなりキスしてきやがった。そんな奴と学校でつるみたいと思うはずがない。
だが同時に俺の留守中に他の奴らがのさばっていたと聞いてはらわたが煮えくり返る思いなのも確かだ。それに水島はある意味俺の恩人でもある。こいつが馬鹿なちょっかいをかけてこなければ、俺はずっと、自分の母親と同じ、頭ん中お花畑で高校生活を送ることになっていたかもしれないのだ。
そう、あの男と一緒に。


……あんな屈辱の記憶は、もうさっさと忘れてしまいたい。あれは、俺の一生の恥だ。



「いいぜ、水島。屋上でも何でもテメェの好きなとこに付き合ってやる」


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あきゅろす。
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