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騒擾恋愛
006



沢木のいる教室に帰ることができなかった俺は、そのまま学校を早退した。鞄は放課後にまた取りに帰ればいいと思い、手持ちはポケットに入れている携帯だけだ。鍵は鞄の中に入っていたため家にも帰れず、俺は昔よく出歩いていた街をぶらぶらしていた。
ショックで頭が馬鹿になっていた俺は、真面目になってからずっと気をつけていた大切なことを忘れてしまっていた。







「なんだ、お前千石じゃねえか。ずいぶん久しぶりだなぁ」

「……」

突然、すれ違った数人のグループの中の1人の男に親しげに声をかけられた。まったく知らない男達に俺は首を傾ける。

「…誰?」

「おいおい、俺のこと忘れたとか笑えねぇぞ。この2年近く、俺はお前を探してたんだからな」

「……」

ぐいっと胸ぐらを掴まれた瞬間、ようやく俺は相手の正体を理解した。いや、正しくいうとまだ名前すら思い出せていないが、俺の2年以上前の知り合いでガラが悪いとくれば答えは1つしかない。
敵だ。


「……はなせっ!」

俺は力任せに奴の腕から抜け出すと、通行人の間を駆け抜けて奴らから逃げた。後ろから男達の野太い声が聞こえてくる。どうやら2年前の俺はあいつらによからぬことをしてしまったらしい。中学の頃はそんなことが日常茶飯事だったからいちいち覚えていないが、そこは重要じゃない。覚えているか覚えていないかに関係なく、きっと奴らは俺をボコボコにするだろう。今の俺にはそれに対抗するすべがない。



路地裏に入った俺はゴミバケツの裏に隠れ、奴らがいなくなるのをひたすら待った。もし見つかったらと思うと恐くて恐くて仕方がない。こんな場所じゃ殴られて殺されそうになっても誰にも見つけてもらえ……って待てよ、何で俺はこんな人気のないところに自分から来たんだ。人がたくさんいた方が奴らだって下手なことできなかっただろう。誰かに助けを求めても良かった。それでもこんな場所にきてしまったのは、それが以前の俺の習性だったからだ。誰かに絡まれたら人気のない場所まで逃げる。なぜなら、そうしなければ――




「見ーつけた」

「……っ!」

さきほどの男に腕を掴まれ、自分でも驚くほどビビってしまう。逃げようともがく前に腹に蹴りを入れられ、俺は呻きながらその場に崩れ落ちた。

「いたぞ! こっちだ!」

男の呼びかけにこちらに集まってくる男達の足音が聞こえる。力をなくした俺は自分に迫る危機を黙って受け入れるしかない。

「おいおい、前までの勢いはどーしたよ! 高校行って腑抜けたんじゃねーの!」

「げほっ…げほっ」

数人の男達に蹴られ続け意識が朦朧としてくる。全身が痛くてたまらない。少しでも痛みを和らげようと身体を丸める俺のポケットから携帯が転げ落ちた。

「うわっ、なんだよ千石、こんなストラップつけやがって」

男の1人が転がる携帯を見てゲラゲラと笑い出した。俺の携帯には沢木からもらったキャラもののストラップがつけられている。

「…お前可愛すぎだろ! ウケでも狙ってんの?」

「すげぇ、笑える…!」

腹を抱え馬鹿にしたように笑う男の1人がストラップを踏みつけた。その光景を目にした瞬間、俺の中の何かが弾けた。


「……んな」

「あ? なんだよ、聞こえねぇって」

「それにさわんなつってんだよ!!」

自分でもどこにそんな力があったのかはわからないが、とにかく頭に血が上った俺は立ち上がりストラップを踏みにじっていた男にぶつかっていった。

「…っ、てめぇやりやがったな!」

吹っ飛ばされた男の仲間が俺に殴りかかってくるが、怒りに頭がおかしくなっていた俺はそれを難なく避け、無意識のうちに一発ぶち込んでいた。

「ぐっ!」

「……」

俺の目の前に倒れ込む男を見て拳を作った手が震える。
俺は誰も傷つけない。その誓いを破ってしまったことに愕然とすると同時に、まだ痺れの残る拳に奇妙な感覚を覚えていた。


「千石てめぇえ!!」

もう1人の男が飛びかかってくる前に、俺は軽く身体を傾けて蹴りを入れる。あっけなく倒れる男を見て、いいようのない高揚感が自分の中からこみ上げてくるのを感じた。懐かしいような、それでいてワクワクする不思議な感覚だ。……いったい何なんだ、これは。

最初突き飛ばされた男が起き上がり俺を睨みつける。その途端、奴の険しい表情がなぜかみるみるうちに崩れていった。

「お、お前なに笑ってんだよ…」


…笑ってる? 俺が笑ってるって? そんな馬鹿な。沢木に振られて、知らない男達にボコボコにされて、これのどこに笑える要素があるっていうんだよ。

「や、やめろ。来るな…」

やられる前にやってしまおうと拳をかざす俺に、真っ青な顔で後退していく男。バキッと嫌な音を響かせて、そいつは派手にぶっ倒れた。

「うわああ!」

逃げようとする他の男達を捕まえてその身体を地面に叩き落とす。痛みに悶える男達を見ても、俺はもう罪悪感どころか何も感じなくなっていた。












目の前で地面に突っ伏す男達。最後までしぶとく意識を保っていた男の腹に蹴りをくらわし、俺はただのサンドバックと化した男達の姿を眺めていた。

「……嘘だろ」

ああ、どうしよう。楽しい、楽しすぎる。どうしてこんな楽しいことを今まで我慢していたんだ。俺はなんて馬鹿なんだ。いや、待てよ。そもそもの原因は誰にある。俺の2年がまるで無駄になった元凶は…。



「あんのクソババア…っ!」

ようやく自分を取り戻せた俺は腹いせにすぐ横にあったゴミバケツを蹴り上げる。けれどそれだけでは怒りは全然おさまってくれそうにない。俺は思いつく限りの悪態をつきながら、この怒りをすぐにでもぶつけてやろうと男達を放置したまま家に戻った。


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