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騒擾恋愛
005


今のは嘘だと、水島を遠ざけるためだけの言葉なのだと言って欲しい。たとえそれ自体が偽りでもかまわない。そうすれば、俺はまだ沢木と。


「千石」

しばらくの間、俺を見て硬直していた沢木が口を開きゆっくりと話し出す。俺の願いも虚しく、沢木の目は確実に俺を拒絶していた。

「今の聞いてたんだな」

「……」

「全部ほんとのことだよ。聞かれたからには白状するけど、俺は…」

沢木の視線が言葉を探すようにさ迷う。今すぐにでも耳を塞いでしまいたかったが今の俺にはそれも許されない。

「俺は今までもこれからも千石と真剣に付き合うつもりはない。なかなか切り出せないでいたけど、どうせ別れるんなら早い方がいいだろう」

「……」

もう俺に関わるなとばかりに顔を背けてくる沢木に言葉を失う。本当はすぐにでも沢木にすがりついて、別れないでくれと泣いて懇願したかった。けれど沢木を見れば彼の意志は固く、もう俺のことは少しの未練もないのだと嫌でもわかってしまう。

「……っ」

重苦しい沈黙が流れ、耐えきれなくなった俺は沢木に何も言えないままその場から逃げ出した。
走り出す俺を呼び止める声はなく、一縷の望みはあっけなく絶たれてしまった。









向かう場所もなく、何も考えられずに俺はひたすら走っていた。じわじわと涙が溢れ出てきて動かし続けていた足が自然に止まる。たどり着いた先は人気のない校舎裏で、壁にもたれかかった俺はその場に崩れ落ちた。

「うっ、あ…っ」

沢木に振られてしまった。あまりに突然のことでまだ現実味はないが、この先の生活の中に沢木がいないのだと思うと悲しくて悲しくてたまらない。俺は嗚咽をこらえつつ、声もなく泣き崩れていていた。


「ああ、千石さん。やーっと見つけた」

しばらくの間みっともなく涙を溢れさせていた俺だが、後ろから水島の声が聞こえ息が止まる。顔を手で隠し、こっちに来るなと叫びたかったが今は情けない声しか出ない。

「泣いてるの? 千石さん」

俺に信じられないぐらい優しい声をかけ頭をなでてくる水島。俺はその手を振り払い、顔を背け逃げようとしたが奴に腕を掴まれ身動きがとれなくなった。

「大丈夫、大丈夫。千石さんが悲しいと思ってんのは、今までアイツしかいなかったからだよ。これからは、俺が千石さんの側にいてあげる」

沢木よりもずっと背の高い水島に後ろから抱きしめられ耳元で囁かれる。沢木にはホモが気持ち悪いなどと言っていたが、こいつの俺への接し方はまるで女相手のようだ。

「あの男はずっと別れる機会を伺ってたんだ。あいつが今まで千石さんに言ってきたことは、全部嘘だったんだよ。だから千石さんも…」

「うるさい!」

慰めるふりをして脆い部分をえぐり続ける水島の腕を、俺は思い切り振り払う。確かに奴のいうことは正しいのかもしれない。きっと沢木にとって俺はただの都合のいい存在でしかなかったのだろう。でも、少なくとも俺にとってはそれだけで片付けられる関係ではなかった。

「うるさいんだよ、お前! お前が何と言おうと沢木が俺に優しくしてくれたのは本当だろ! 沢木が俺に話しかけてくれたのだって、親切にしてくれたのだって全部本当だ! 沢木が俺のことをどう思ってようが今までのことはなかったことになんかならないし、俺の沢木への気持ちだって変わらない! 誰も沢木の代わりにはならないんだよ!」

自分の中にあった整理できない感情が一気に溢れ出してくる。水島に何を言ったって意味がないことはわかっていたが自分でも止めることができなかった。

「別に、良かったんだよ…。本気じゃなくたって、沢木が俺に飽きるまでずっと一緒にいたかった。余計なことしやがって、ほんとに…」

顔をぐちゃぐちゃにしながら泣き喚く俺は滑稽でしかなかっただろうが、水島は何を言うでもなく黙って俺を見ていた。そのうち俺の方がみっともなくなってきて、赤くなった顔を手で覆い隠した。

「もういいから行けよ、今は誰とも話したくな…」

肩を掴まれ引っ張られたかと思った次の瞬間、水島の唇が俺の口に押し付けられた。突然のことに驚いた俺は、考えるより先に奴の胸を手加減なしで突き飛ばしていた。

「いっ…」

「な、な」

地面に倒れ込んだ水島が痛みに顔をしかめたが気にする余裕はない。

「お前、なんでキ、キスなんか…」

「…なんでだろ」

俺の問いかけに水島自身もよくわかっていないようで、俺にしたことに自分で驚いていた。しばらくの間俺達の間に嫌な沈黙があったが、やがて水島が意を決したように俺を見据えた。

「俺、千石さんには悲しんで欲しくない。あんな奴のことは忘れて、俺のことを好きになってよ」

「は…? 何言ってんだよお前…。ホモなんか気持ち悪いって、さっき沢木に言ってたじゃんか」

「…うん、そうなんだけどさ。あーあ、ほんとはこんなつもりじゃなかったんだけどなぁ。俺はただあんたを元の千石さんに戻したかっただけだし。でも俺のこと好きになってくれんなら、もう戻んなくてもいいや」

ぐっと距離を詰めてきた水島は俺が逃げる前に手首を掴み壁に押し付ける。すぐにまた突き飛ばしてやろうと思ったが動きを止められているせいか、うまく身体が動かなかった。

「んっ! んん!」

沢木以外の男にキスをされても気持ち悪いだけなのに、水島は俺を離してはくれない。だが奴に舌を入れられた瞬間、俺は反射的に水島の腹を蹴り飛ばしていた。

「けほ…っ」

「あ…」

腹を押さえ咳き込む水島を見て、俺は自分がされた事としてしまった事に動揺しうろたえた。

…俺は水島を手加減もせずに蹴ってしまった。あれだけ暴力は封印して普通の高校生になろうと誓ったはずなのに。相手に同情の余地はないが、それでも怪我をさせることだけは絶対に許されない。
そう、俺は決して誰も傷つけてはいけないのだ。


「うわあああっ」

頭の中に木霊する言葉が俺の理性を失わせる。自分がとても恐ろしくなってしまった俺はうずくまる水島を残してすべてのことから逃げ出した。


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あきゅろす。
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