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騒擾恋愛
悪魔が目覚める



俺はその後、沢木に言われた通り百瀬との接触をいっさい避け続けた。百瀬には、恋人が不安がるからという理由で俺のアドレスを消させ、学校でも話しかけないようにしてもらった。酷い俺の言葉にも百瀬は1つの文句もこぼさず、一言わかったとだけ言い俺達の友人関係は終わった。ただ、自分がまたしても百瀬を深く傷つけてしまったことだけは明らかだった。

それからは沢木の機嫌はとても良かったし、彼に優しくされるだけで俺はとても満たされていた。けれど、この幸せがいつまで続くのだろうと、たまにどうしようもなく不安になる。沢木の本当の気持ちはどこにあるのか、1人でいるときはそんなことばかり考えてしまった。沢木から与えられる愛情を喜んで受け取りながら、同時に疑心に埋もれていく。自分の幸せが何なのか、それすら見失ってしまいそうで怖かった。







そんな毎日を過ごしていたある日のこと。俺は、委員会で帰りが遅くなる沢木を教室で待っていた。沢木が所属する修学旅行委員会は今が一番忙しい時期で、毎週木曜日の放課後に集まって修学旅行の催し物を計画している。だから木曜日はいつも教室で沢木を待ち、一緒に帰っていたのだ。
担任が閉めた鍵をこっそり拝借して、俺が1人教室で雑誌を読んでいると廊下から足音が聞こえた。沢木が戻ったのかと思い顔をあげたが、ドアを開けたのは見知らぬ男だった。

「こんちはー、千石さん」

「……だれ?」

唐突に現れたそいつは、首を傾げた俺に親しげに話しかけてきた。この学校ではめずらしく髪を金髪に染めている。なかなかの美形で、しかもただチャラいだけの男じゃない。昔の俺と同じ匂いがする。喧嘩慣れしてる奴は雰囲気でなんとなくわかった。

「俺は水島英雄。エイユウ、ってかいてヒデオね。よろしく〜」

「よ、よろしく」

水島と名乗ったこの男の上履きに1年のあかしである赤いラインが入っていた。例によって俺を勧誘しにきたのだろうか。今までの1年より強そうな気がするし、断るのがなんだか怖い。

「俺の顔覚えてないかなぁ。実は千石さんと俺、昔会ったことあるんだけど〜」

「えっ、そうなの?」

「あれー、忘れちゃった? 英雄ショック! まぁ、そんとき俺はアンタに殴られて顔の原型なくしてたんだけどね」

「え……」

笑顔の水島がゆっくりとドアを閉め、硬直した俺に近づいてくる。なんだか雲行きが怪しい。俺が殴ったのだとこいつは主張しているが、まったく覚えてない。こんな美形に傷なんかつけて、昔の自分はいったい何をしていたんだ。

「あんなあっさり負けたのは初めてだったからさ、悔しくって。実は俺、千石さん目当てでこの学校入ったんだ。それなのにアンタときたら、すっかり丸くなっちまってて報復する気も失せたっつーの」

「……」

失せた、という割には俺との距離をどんどん詰めてくる水島。危険を察した俺は、迫り来る恐怖に後退りした。

「だから俺、昔の千石伊織は忘れようと思って。今のアンタを殴っても楽しくなさそうだし」

「…だったら、いったい何の用だよ」

ついに壁際まで追い詰められ、これ以上後退できなくなると水島が急に俺の手首を掴んで、壁に押し付けた。

「俺、見ちゃったんだよね。この前」

「な、なにを…?」

「千石さん、こないだこの教室で男とヤってたっしょ」

「…っ!」

すぐに否定しようとしたが俺の顔はみるみるうちに真っ赤になり、肯定しているも同然だった。確かに、俺は沢木に流されるままここで事に及んだ。いくら泣き叫んでも、沢木には聞き入れてもらえなかった。でもまさか、それを他人に見られていたなんて。

「相手もかなりの有名人だよなぁ。たしか沢木…なんとかだっけ?」

男同士ということにあまり頓着しない水島に若干驚きつつ、俺は一体何を言われるのかとビクビクしていた。

「うちのクラスの女がよく騒いでる。あんな胡散臭い優男のどこがいいんだか」

「さ、沢木の悪口は言うなよ…!」

「あ?」

水島の機嫌が一気に悪くなる。まずい、いまこいつを下手に怒らせるわけにはいかない。俺と沢木の関係をバレされたら大変だ。

「へー、てっきり強姦かと思ってたんだけど、あれって同意の上だったわけね。付き合ってんの? のわりには大泣きだったじゃん」

「……」

沢木のことは好きだが、あの行為は何度やっても慣れないし好きにはなれない。でも沢木が喜ぶなら俺はそれに従うまでだ。

「かわいそーになぁ。あんな外面だけの奴に引っかかって。体のいい性欲処理ぐらいにしか思われてねえってのに」

水島の言葉に俺の心がえぐられる。それは俺がずっと心のどこかで感じていたことだ。でも認めたくなかった。自分は沢木に好かれていると思っていたかった。

「ひっ」

水島の存在を一瞬忘れて自分の世界に入り込んでいた俺は、いきなり冷たい感触を肌に感じ、つい情けない声を出してしまった。俺のシャツの中に、沢木のものではない男の手が侵入してきたのだ。

「お前なにす…っ、…んっ!」

俺は近くの机に押し倒され、シャツをたくしあげられる。男同士である俺達の関係をネタに殴らせろと言われるのかと思いきや、なんだこの意味不明な展開は。しかも水島は俺の服を脱がせるばかりか、下半身にまで手をのばしてきた。沢木に押し倒された、あのときと同じだ。でも今回は相手が沢木じゃない。

「放せっ、嫌だ! やめろ変態!」

「冷たいなぁ、俺のこともご主人様って呼んでくれよ、千石さん」

「なっ──」

俺の羞恥で赤く染まった頬に、水島がキスをしてくる。信じられない。沢木じゃない男に、こんなことされるなんて。

「嘘っ、あ、やだぁ…」

「泣くの早くねー? ほら、腰あげて」


「──何してんの」



みっともなく泣きわめいていた俺の耳に、聞き慣れた声が響く。嗚咽をこらえながら顔をあげると、そこには無表情でこちらを見る沢木の姿があった。


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