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騒擾恋愛
007



最悪なところを見られてしまった俺は、きょとんとする日生をなんとか追い返し、沢木を教室に引き入れた。とにかく事情を説明しよう、説明すればわかってくれると思っていたが、沢木の冷たい目を見て言葉を失った。

「――…千石、百瀬に告白されたんだ。何で俺に黙ってたわけ?」

口調はけしてキツくはなかったが、俺には沢木が腹をたてているのがわかった。沢木に嫌われたくない一心で、唇を震わせつつ答えた。

「別に黙ってたわけじゃ…。言う機会がなくて」

「じゃあ千石、今日にでも俺に言うつもりだった? 絶対に?」

「……っ」

俺は沢木に激しく問い詰められ、すぐに返事ができずに口ごもる。
…本当のところ、俺は沢木に百瀬のことを話す気はなかった。もちろん俺が彼女に乗り換えるなんてことは有り得ないが、百瀬とはこれからも友達でいたいと思っていた。けれど沢木にすべて話してしまえば、百瀬と仲良くすることに躊躇いを感じてしまう。それでは気軽に彼女と付き合っていけない。結局俺は、自分のことしか考えていなかったのだ。

「ごめん沢木。でも俺ちゃんと断ったし、百瀬と付き合う気なんてこれっぽっちも…」

「なあ、千石が告白してきたとき、俺が言ったこと覚えてる?」

「え…?」

いきなり沢木の問いに俺は何も返せなかった。1年も前の話だ。告白が成功した喜び以外何も覚えてはいない。

「『浮気は許さない』そう言ったはずだ。――まさか、忘れてたわけじゃないよな」

「浮気!? 俺そんなのしてない!」

百瀬とのことを話さなかったのは俺が悪いが、それだけで浮気だなんて言い過ぎだ。俺が百瀬に気持ちを傾けるなんて有り得ないのに。

「じゃあ千石は俺に内緒で百瀬と仲良くして、彼女をどうする気だった? 百瀬はキープちゃん? それとも、俺がキープかな?」

「沢木! 何言ってんだよお前!」

いつもの沢木らしからぬ暴言に俺はただ唖然とするしかない。付き合い始めた当初からたまに別人のようになることはあったが、こんな状態の沢木は初めてだ。

「皆と仲良くなれたら、もう俺は用済みってか?」

「そんなっ」

「そんなわけないよな、千石はそんなことする奴じゃない」

「当たり前だろ! 沢木、俺は――」

「だったらもう百瀬とは話すな」

「……!」

まさかそんなことまで言われると思っていなくて、俺はその一方的な命令に絶句した。話せばわかってくれると考えていただけに沢木の思考にもついていけない。

「それがどうしても嫌だっていうなら、俺と別れろ。二つに一つだ」

「っ……」

別れる。沢木の口からその言葉が出た瞬間、俺の目の前が真っ暗になった。沢木はそんな簡単に俺との別れを切り出せるのか。沢木にとって俺はその程度の存在なのか。何故これっぽっちのことで、今までの付き合いをなかったことにできるんだ。

「どうして、どうしてそこまでしなきゃいけないんだよ。俺は友達作っちゃいけないっていうのか? 沢木にはたくさん友達がいるのに、俺は学校ではいつも1人だ。そんなのもう慣れてたけど、でもあいつは俺に――」

彼女は、俺に友達を作る手助けをしてくれた。高校生活は1人で過ごすものだと諦めていた俺に笑顔をくれた。振った後でさえ俺の幸せを一番に考えてくれたんだ。

「沢木と別れるくらいなら、俺は百瀬とは話さない。でも、せめて理由ぐらいおしえてくれ。沢木は俺のこと、嫌いになった? これが罰だっていうなら、俺のこと許してはくれないってことなのか?」

俺の言葉を受け、沢木の瞳が一瞬強く揺れ動く。先程までの怒りを滲ませた強気な目ではない。沢木は一歩俺から離れると視線を床に落とし口を開いた。

「…百瀬は、百瀬は駄目なんだ。もしこれからも彼女と親しくしていたら、千石は、そのうち絶対に百瀬を選ぶ」

「はぁ!? 何言ってんだよ沢木! そんなわけないだろ! 俺は百瀬と本当に何もないんだって!」

「千石を信用してないわけじゃない。今の言葉も本心だろうと思う。でも、人は変わる。状況次第でいくらでも」

「……」

冷淡な口調から出る彼の言葉を聞き、俺は沢木を説得するのは無理だと悟った。本当は、世界中の全ての人に好かれるより、沢木ただ1人に好かれたい。でもそれを今どんなに伝えたって沢木には届かないだろう。

俺はそっと沢木に歩み寄り、唇を寄せた。沢木は俺の口づけを受け取り、お互いに目を閉じる。

「好きだ、沢木」

完全には伝わらないことがわかっていながらも、俺はその後も好きという言葉を彼に与え続けた。俺の心を沢木が写し取れるよう、何度も何度もキスをした。

「んっ…」

最初は俺がリードしていたが、すぐ沢木に主導権を握られ口づけはより深いものに変わっていく。与えられるがままに沢木の愛撫を享受していた俺だったが、机の上に押し倒され甘い夢から目が覚めた。

「さ、沢木。ここ教室だし、これ以上は…」

「そんな焦らすなよ千石、俺は我慢できない」

いつもの彼らしい笑みを見せる沢木に、俺はとりあえず一安心した。けれど制服の下から手を入れられ、そんなのんきなことをいっていられる場合ではなくなる。

「沢木、さわき待っ…あ」

「ご主人様だって、千石。何回言えば覚えるんだ」

沢木の手がベルトにかかり俺の顔は青ざめた。けれど本気の抵抗はできない。たとえ不可抗力でも暴力はいけないし、加減を忘れれば沢木を傷つけてしまう。俺は自分の手で制服を掴み、首をひたすら横に振ることしかできなかった。

「こ、ここじゃ嫌だ。やだよ沢木…」

「千石、もっと足開いて。ズボン下ろせないだろ。あと沢木って呼ぶなよ」

「…ご、主人様、人来る…」

「こないよ、こんな端っこにある教室。吹部でも使われてないしな」

「でも…」

「しつこいぞ千石、今日の俺は怒ってるんだ。それを忘れるな」

「んんっ…」

その後、もう俺の意志など関係なく沢木に身体をもみくちゃにされた。
嫌だ嫌だと譫言のように呟く俺は無視され、沢木にされるがままになってしまった。けれど意識がぶっ飛んでいた俺も沢木も、その一部始終を第三者に見られていたことには、これっぽっちも気づいていなかった。


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