騒擾恋愛
004
居残り清掃3日目、俺達美化委員は校外の清掃をしていた。百瀬と話すことを朝から楽しみにしていた俺は、彼女が後ろから連れてきた2人の生徒に驚いた。
「じゃん! 日生くんと、莉子ちゃんです」
茶目っ気たっぷりに2人を紹介された俺は、どういう反応をすればいいかわからず顔を引きつらせた。とりあえず小さくお辞儀をしておく。日生とかいうデカい男は知らないが、その隣のショートカットの女子なら知っていた。小松莉子。前のクラスでよく百瀬と一緒にいた子だ。
「莉子は知ってるよね。こっちは後輩の日生くん。部活でパートが一緒なの」
「確か百瀬の部活って…」
「吹奏楽! 男の子も何人かいるんだよ」
男が吹奏楽、ってのは大いに結構だが、百瀬の担当楽器はフルートだと言っていた。百瀬にはとても似合っているが、後ろの体格のいい日生くんには恐ろしく不似合いだ。
「初めまして千石先輩! 俺、日生真二といいます! 先輩に会えて超ー感激っす!」
「はあ、どうも…」
日生とかいう男はウザいノリで入学式に配られて以来使うことのなかったネームプレートをぐいぐい見せつけてくる。そんなに俺に自分の名前を覚えてほしいのか。よくわからん男だ。
俺が困ってることに気づいた百瀬が、ちょこちょこと近寄ってきて顔を近づけてくる。百瀬のこういう行動に弱い俺はつい後退してしまった。
「部活のときね、千石くんの話したら日生くんがどうしても会いたいっていうから連れて来ちゃった。そしたら莉子も一緒に来たいって…2人とも美化委員だったから。急にごめんね、先に言っとけば良かった」
「…ううん、ちょっとびっくりしただけ」
俺の返事に百瀬はほっとしたように息を吐く。もしかすると百瀬は友達が欲しいという俺のためにこの2人を連れてきてくれたのだろうか。百瀬ともう少し2人きりでいたかったという気持ちもあるが、彼女の好意は純粋に嬉しい。
「千石先輩! 俺、先輩に訊きたいことがあるんっすけど!」
「なに?」
「どうやったらそんなに筋肉つくんすか!」
え、こいつ筋肉つけたいの? だったら運動部入れよとつっこみたかったが百瀬の前でそんなことは言えない。
「……筋トレ?」
「千石先輩のトレーニングのやり方おしえてください!」
「いや、もう十分鍛えられてんじゃないの?」
日生のがっしりした身体をマジマジ見ながらそういうと、彼は照れたように手で顔を隠しながらオーバーなリアクションで叫んだ。
「まだまだこんなんじゃ駄目っすよ! 俺は先輩みたいになりたいんっす!」
「日生くん、そんなことより早く楽譜の読み方覚えて欲しいんだけど」
「ひど! 百瀬先輩ひどっ! 俺も一応頑張ってるのに!」
「一応ねー…、日生はまず真面目に練習に来ることから始めないと」
「莉子先輩まで!」
同じく吹奏楽部の先輩である小松も、日生に厳しい視線を送っている。その様子がおかしくて俺はつい笑ってしまった。すると小松がおずおずとこちらに近づいてきた。
「千石くん、久しぶり。あたし1年とき同じクラスだった小松だけど、覚えてる?」
「ああ」
「良かった、あたしも千石くんと話してみたかったんだ。前のクラスじゃ機会がなかったから、実香が千石くんと掃除してるって聞いて連れてきてもらったの。ごめんね、急に」
「……や、そんなの、こっちこそ」
小松の優しい言葉に、俺は感動のあまりまともに声が出てこなかった。百瀬以外の女子も俺のことを恐がっていなかったなんて、もっと早く気づけていたら1年のときにみんなと仲良くできたかもしれない。
「俺も! 俺も先輩のこと初めて見たときから話してみたかったんです! 日生真二っていいます! 千石さん覚えてください! 吹部でフルートやってます!」
「うっさい日生、女目当てで吹部に入ったくせに」
「え、なんで知ってるんすか莉子先ぱ…あ、やべ」
「やっぱりか! こっちこい、一発殴ってやる!」
「うわああ助けてください先輩!」
クスクスと笑う百瀬につられて俺も自然と笑みがこぼれる。それに気づいた百瀬が俺を見て可愛らしく口角を上げた。
「千石くん、最近よく笑ってくれるよね」
「え、そう!?」
「うん。私、千石くんの笑顔好きだな」
「あ…ありがとう…」
百瀬はこれでもかというぐらいストレートに俺を誉めてくる。恥ずかしい。こんな可愛い子にそんなことを言われた日には、大抵の男はすぐに惚れてしまうだろう。
「ちょ、なに2人の世界作ってんすか! 俺を助けてくださいよ先輩! …ぐぇっ」
「捕まえた! 観念しろ日生っ」
「首っ、首しまる!」
百瀬がようやく日生を助けるころには彼はすっかりやつれていたが、俺が「大丈夫か?」と声をかけるとすぐに復活して犬みたいにはしゃいだ。若干鬱陶しくはあるが、俺を前にしても物怖じせず懐いてくれるところを見てると良い奴なんだなと思う。色んな人に出会うきっかけをくれた百瀬には感謝してもしつくせない。
その後、俺は百瀬達と共に掃除を続けたが、明るい3人のおかげで面倒でしかなかったはずの時間はとても楽しいものになっていた。
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