騒擾恋愛
独占欲
まだ冬の寒さが抜けきらない4月下旬。俺と沢木が恋人同士になってから時間が過ぎ、俺達は2年になっていた。付き合い始めこそ色々不安はあったが、俺達は今も順調に交際を続けている。沢木に対しての不信感は消え去り、いつ別れを切り出されるかと不安で不安で仕方なかった日々も終わった。今なら苦い思い出の1つにできる。
沢木が望月に口止めしてくれていたため学校で俺がホモ扱いされることはなかったが、代わりに望月達のグループからはさらに警戒されるようになっていた。孤独感はよりいっそう深まっていったが、沢木に愛されている、その事実があるだけで俺は幸せだった。
だが俺のそんな日常は、大きく変化することになる。幸運なことに俺はまたしても沢木と同じクラスだったのだが、進級したことでちょっとした問題が起きた。俺の安寧を乱す者、それは我が校に入学した新入生だった。
「千石さん! 今日という今日は逃がしませんよ!」
「俺達と一緒に全校統一しましょう! 千石さんがいれば百人力です!」
「………」
今年の4月、入学してきたピッチピチの1年生達。信じられないことにその中には、けして少なくはない数の不良がいた。真面目ちゃんばかりが集まるこの高校にあるまじき事態である。そして案の定というか何というか、元不良の俺はことあるごとに絡まれていた。
「あの、お金なら払いますんで、どうか見逃して…」
「なに言ってんですか千石さん! いい加減目ぇ覚ましてください!」
「俺、千石さんに憧れてこの学校に入ったんです! 見捨てられたらどうしていいか…っ」
「俺なんかこの学校に入るために毎日死に物狂いで勉強したんすよ! 俺の努力を無駄にしないでください!」
「………」
ああもう! やだやだやだ、たすけて沢木! 死ぬ気で勉強したとか知らないよ。お前らが勝手にやったことだろ〜。
「俺達、絶対に諦めません! 昔の千石さんに戻ってください! 」
「千石さんは俺達の目標なんすよぉ!」
「いや、もう俺そういうのやめたから…。君達もそろそろ大人になって将来のこと考えてみたらどうかな? ほら、いま不景気で就職難だし…」
「中学での千石さんの百人切りの記録、まだ誰にも破られてません! やっぱ千石さんはすごいっす!」
「俺、千石さんが北中の近藤にバックドロップしてるの見てからずっとファンでした!」
「昇竜拳使えるって噂、あれホントですか!?」
「…………」
……ダメだコイツら。人の話全っ然聞いてねぇ。
「沢木っ、俺もう嫌だ!」
教室に押しかけてくる後輩達から逃げる毎日を過ごし、精神的にまいっていた俺は人気のない4階の教室に沢木を呼び出し嘆いていた。制服の裾をつかみしょげる俺を沢木は優しく抱きしめてくれた。
「こればっかりはどうにもできそうにないからなぁ…。ごめん千石、力になれなくて」
「ううん、沢木はいてくれるだけでいい」
「でも千石、だんだんやつれてきてるように見えるけど。大丈夫?」
「たぶんー…」
沢木の首に顔をうずめ小さな子供のようにもたれかかる。こんなデカい図体の奴が甘えても可愛いくないどころか気持ち悪いだけだろうが、沢木は俺の頭をよしよしとなでていてくれた。
「千石、今日俺の家くる?」
「行く!」
「一緒に帰ろうよ」
「うん! ――あ、ごめん今日は駄目だ」
「え、どうして?」
「美化委員会活動。今週だけ校内清掃するから残らなきゃいけないんだよ」
「ああ、そういえばそんなのあったな」
俺が今年から入った美化委員には1学期に1回、放課後残って校舎内を清掃する仕事があった。俺は知らなかったが去年の美化委員も掃除していてくれていたのだろう。
「なんで美化なんて入ったんだよ。それがあるからみんな嫌がってたのに」
「誰も立候補する奴がいなかったからさ、まさかそんな掃除があるとは知らなくて」
ここにきて友達が少ない=情報源が少ないことがあだになった。沢木のいない学校にあまりいたくない俺としては放課後に残るなんて嫌すぎる。でも俺が行かなければ他の美化委員の負担が増えて迷惑をかけてしまうだろう。
「掃除終わったら、すぐ沢木の家に行く」
「俺も手伝おうか?」
「いや、大丈夫。ありがとう沢木」
沢木の申し出は嬉しかったが、学校にいる限り俺達は一緒にいられないし、どうせ別々に掃除するはめになるのだ。沢木に手伝ってもらうのは申し訳ない。
「後輩に捕まらないように気をつけろよ、千石」
「わかってる。でもあいつら、しつこすぎるよ」
俺に憧れているとはいうが、俺はもう昔の千石伊織ではない。あいつらにとって今の俺はとてもつまらない人間になっている。喧嘩なんてもっての他だし、ただ沢木と平和に学校生活を送れればそれでいいのだ。
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