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騒擾恋愛
004


誰もいない家に帰宅した後、俺は沢木と連絡をとるかどうか携帯を片手にひたすら悩んでいた。望月に捕まっているならばすぐには出られないだろうが、俺は今すぐにでも沢木と話がしたかった。
やはりこちらから電話をかけるべきかと携帯の短縮ボタンを押そうとしたとき、家のインターホンが鳴り響いた。沢木かもしれないと慌てて玄関の扉を開けると、そこには予想通り、制服姿の沢木が立っていた。

「沢木!」

言ってしまってから間違えたことに気づき、ご主人様と言い直すかどうか迷ったが、沢木は珍しく訂正してこない。かなり沈んだ様子の沢木に、何かあったのかと心配になった。

「沢木っ、俺ちゃんとごまかせられたよな。もしかしてさっきの嘘マズかったか? それともいきなり首締め上げたこと怒ってる? でもあのときはそれしかないと思って…」

「落ち着け千石。いいんだ、ありがとう。助かった」

「沢木…」

感謝してくれているらしい沢木に、とりあえず胸をなで下ろす。俺は慌てて沢木に家にあがるよう手で促した。

リビングに入った沢木はお決まりの場所に座り、お茶の用意をする俺を見上げている。俺はコップを両手に持ち、それを机に置くと沢木の向かいに腰を下ろした。

「…望月、どうだった?」

恐る恐る訊ねると、沢木はなんともいえない固い笑みを見せた。

「明日、千石に殺されるって半泣きだったよ」

「あ、そう…」

大丈夫だからって伝えてもらるよう沢木に頼もうとして、すぐに諦めた。それはまず不可能な伝言だ。

「助けてくれたらことは感謝してる。でも千石、どうしてあんなこと」

「? あんなことって…」

「だって、千石、明日から周りにホモ扱いされるかもしれないのに。それでもいいっていうのか」

「……」

沢木は少し責めるような強い口調でそんなことを言った。もしかして、俺を心配してくれているのだろうか。

「沢木が困ってたし、あのときは無我夢中で…。でももし沢木が男と付き合ってるって知っても、望月なら言わないと思うけど」

「どうして?」

「え、だって沢木の友達だし。友達が困るようなことは言わないだろ」

それを聞いた沢木はなぜかものすごく嫌そうな顔をした。沢木には友達がたくさんいるが、望月と特に親しいのは見ていればすぐにわかることだ。望月が沢木を悪く言うことなど絶対に有り得ないだろう。

「望月とろくに話したこともないのに、なんで断言できるんだよ」

「だ、だって望月は沢木と一番仲良いじゃん。悪い人間なわけがない」

「……」

当たり前の理屈を話したつもりだったが、沢木の表情は険しいままだった。まったく納得はしていないらしい。

「千石は何でそんな簡単に、よく知りもしない他人を信じられるんだよ。俺に好きだって言ってきたときだってそうだ。俺が周りに言いふらさないとでも?」

「いや、まあ、それはそう思ったけど…」

「俺とちょっと話しただけのくせに?」

「で、でも沢木は実際言わなかっただろ。なんでそんなこと言うんだよ」

確かにただのクラスメートとして沢木と一緒に過ごした時間は短かったかもしれないが、沢木がどんな人間かはすぐにわかった。沢木は人柄の良さが滲み出ていたし、逆に遠くから見ていたからこそわかることもあった。

「どうして、ホモでもないくせに男の俺を好きになったんだよ。どうしてそんな簡単に、男に告白なんかできたんだ」

いつもの沢木とは違う、弱り切った声だった。俺は何と答えれば良いかわからず、思っていたことをそのまま口走ってしまった。

「が、我慢できなかったから…」

「―へ?」

口をぽかんと開けて俺を見つめている沢木。今日の沢木は今までお目にかかったことのないような色んな表情を見せてくれる。

「沢木が誰か他の人のものになるなんて耐えられなかった。それに俺は元から1人だったし、今更ホモとかいう理由で周りに敬遠されても同じだろ」

「……」

「俺には沢木しかいないから。沢木に嫌われずにすむなら、それでいい」

無表情の沢木は何も言わずただ俺を見つめている。あれ、もしかして今の俺重かった?



「いいよ、千石」

「え…」

「俺のこと、沢木って呼んでもいいよ」

「ええっ、なんで? ほんとに?」

どんな心境の変化があったのかはわからないが、沢木は突然、あれだけ嫌がっていた名前呼びを驚くほど簡単に了承した。さっきからずっと名前を呼んではいたが、心の中ではもっと前から沢木と呼んでいたのだ。なんだか沢木に近づけた気がして、俺は内心大喜びだった。

「沢木、ありが―」

「ただし、ヤるときは別だから」





「――…はい?」

ポカンとする俺を見て沢木はにーっこり微笑み、自然な動作で俺の手をとった。

「セックスするときだけは、ちゃんとご主人様って呼ぶこと。それが守れるならいいよ」

「なんで!?」

「その方が楽しいから」

「……っ」

沢木は無邪気な笑みを浮かべたまま、顔を真っ赤にさせ、しどろもどろになる俺の身体を押し倒す。そして素早く俺の服を脱がせにかかった。

「ちょっ、やめろ沢木! こんなとこで…」

「ご主人様だろ、千石」

「んんっ!」

唇をふさがれた俺はその久々の感覚に理性を捕まえておくのに必死だった。
形ばかりの抵抗しかできなくなった俺は、結局沢木をご主人様と呼び、場所もわきまえず沢木のされるがままになってしまった。


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