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騒擾恋愛
003


望月に見られてしまった俺は、驚きのあまりネジのきれた絡繰り人形のごとく固まった。望月の表情から察するに俺達がキスしているところは確実に見られてしまったはずだ。ごまかしはきかない。どうすればいいか見当もつかなかった俺は隣の沢木に視線で助けを求めた。

「…っ」

けれど沢木は俺には一瞥もくれず望月だけを一点に見つめ、顔を真っ青にさせていた。唇はかすかに震えている。こんな状態の沢木は今まで見たことがない。友人に見られたショックなのか、まばたきもせずにただ茫然と立ち尽くしていた。沢木の助けが期待できないとわかった瞬間、この危機を脱することができるのは自分だけなのだという妙な使命感が俺の中に芽生えてきた。俺がなんとかして、沢木を助けなければ。それしか頭になかった。

足りない頭をフル回転させても良い言い訳が浮かばなかったため、心の中で深く謝罪してから俺は沢木を強く壁に押し付けた。気づかいの欠片もない乱暴な扱いに沢木は身をすくませ、信じられないという目で俺を見た。

「千…」

「うるせぇ沢木。それ以上しゃべんな」

沢木の言葉を無理やりさえぎり、阿呆みたいに口を開けっ放しにしている望月に視線を移動させる。

「望月、邪魔してんじゃねえよ。さっさと出ていけ」

「なっ…」

冷たい言葉と共に出て行くよう顎で指図すると、奴の注意は沢木ではなく俺に向けられた。首を片手で加減しながら締め上げていくと苦しげに呻く沢木。それを見ていた望月がすぐさま動いた。

「てめぇ! 沢木から手ぇ放せ!」

望月が俺を殴ろうと振り上げた拳を受け止め、ついでに顔を歪ませる沢木を解放する。拳を掴んでいた手を離してやると、望月は咳き込みながらその場にへたり込んでしまっていた沢木の方へ駆け寄っていった。

「沢木! 大丈夫か!?」

「も、望月…っ」

苦しむ沢木の姿に胸は痛んだが、俺は心を鬼にして2人を見下ろす。望月は沢木の背中をさすっていたが、俺の視線に気づくと奴は大切な友人を背にして立ち上がった。

「来るな千石! 来るなっ」

やはり俺が怖いのか、奴の握りしめた拳はかすかに震えている。俺は目を細め、できるだけ横柄な男に見えるよう不遜な態度をとった。

「うるせぇな、ちょっとからかっただけだろ。そいつがうぜぇのが悪いんだよ」

「なっ…、沢木はお前のこと、悪い奴じゃないってずっと庇って…」

「そういうのがウザいっていってんの」

沢木が俺への誤解をとこうとしていてくれたことに、思わず顔がほころびそうになったが、嘲笑に見えるよう努力した。それが望月の逆鱗にふれたらしく、奴は沢木を庇いながら俺に唾を吐きかけんばかりに暴言をぶつけてきた。

「このホモ野郎! 二度と沢木にあんな気持ち悪いことすんな! ――行こう、沢木」

望月は沢木の肩を支え身体を抱き起こす。2人は俺から逃げるようにして教室を足早に去っていくが、俺は追いかけることなく、すぐそばにあった机にもたれかかった。


「くそっ…」

望月の言葉はショックではあったが、演技とはいえ沢木にあんな酷いことをしてしまった衝撃の方が大きい。きっと沢木ならば俺の突然の奇行の理由に気がついているだろうが、それでもやはりやるせなかった。それに、せっかく沢木が俺へのイメージを変えようとしていてくれた努力を無駄にしてしまったことも悔やまれる。でもこれで沢木がホモ扱いされることはないだろう。そこだけは本当に良かった。
しばらくの間その机に座り込んでいた俺だったが、いつまでもそうしていても仕方がないので家に帰るため立ち上がる。沢木と一緒に帰れなくなったこと悔やみながら、俺は1人で教室を後にした。


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あきゅろす。
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