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騒擾恋愛
ご主人様と恋人


あの日から、俺達の関係は何も変わることなく時間ばかりが過ぎていった。沢木は相変わらず俺に優しかったし、学校以外ではできるだけ俺と一緒にいる時間を作ってくれていたた。

けれどあれ以来、俺は沢木とキスばかりか恋人らしい振る舞いは何一つしていない。沢木と一緒にいられるだけで十分な俺からすれば、それはそれでかまわないのだが、やはり沢木との距離が広がるのを感じずにはいられなかった。沢木にとって俺は単なる暇つぶしではないかという考えがどうしても拭えない。沢木はいまだに俺にご主人様と呼ばせ、それ以上はけして踏み込ませない。俺が遠まわしに頼んでみても、がんとして沢木とは呼ばせてくれなかった。

学校での俺と沢木は、ほとんど会話をかわさない。沢木の友達が俺を受け入れないし、いまだに沢木を敵視している男として警戒している。だからもう、沢木と学校で関わるのはとっくに諦めていた。となると2人の時間は学校が終わってからということになるが、あまり外には出かけられない。この辺の大きな街になると不良としての“千石伊織”が有名すぎて、ことあるごとに絡まれるのだ。それに沢木を巻き込むわけにもいかず、俺達は結局ほとんどの時間をお互いの家で過ごしている。するとやはり俺が恋人を名前で呼べるチャンスはないに等しい。俺はそれが少しばかり残念だった。




その日、俺は久しぶりに沢木と一緒に帰る約束をしていた。人が少なくなるのを待ってから沢木と2人、俺の家へ直接行く予定だった。けれど昼休みに突然沢木からメールが届き、そこには放課後藤城さんから呼び出されたので少し待っていて欲しいという内容が書かれていた。このときすでに藤城を敵とみなしていた俺はそのメールを見てかなり不機嫌になったが、行くなとも言えずにしぶしぶ了解のメールを返した。






「ええっ、沢木今日無理なのかよ!」

放課後の教室、望月が声を荒げて沢木に詰め寄り、周りにも聞こえるような声で不満をもらしていた。俺はその様子を隅っこで盗み見ながら聞き耳をたてていた。

「せっかく俺の部活が休みなのに、なんで今日に限って…!」

「ごめん望月、どうしてもはずせない用事があるんだ。それに今日は呼び出されてるから」

「誰に?」

「秘密ー」

「沢木!」

このモテ男め! と望月は沢木の首をふざけて締めつけている。仲の良い2人の姿を見ていたくなくて俺は窓の外に視線をそらした。

俺がいつまでも居座っていたせいか、教室にはすぐに誰もいなくなり、無人の教室で俺は沢木が藤城との用事をすませてくるのを1人待っていた。

「あれ…」

沢木の斜め前の机に、青い携帯が残されているのに気がついた。そこは確か望月の席だ。もしかしたら望月が携帯を取りに戻ってくるかもしれない。そしてここで俺と鉢合わせる羽目になるかも。そしたらまたうだうだとうるさいことを言われるのだろうか。いや、望月1人なら俺にとやかく言う勇気はないかもしれない。

望月は俺にとっては邪魔なだけの存在だったが、沢木の一番の友達であることは紛れもない事実だ。沢木とくだらない冗談が言いあえて沢木の名前も気軽に呼べる。俺よりもずっと沢木に近い存在のような気がする。俺は望月が嫌いだが、それはただ単に奴のことがうらやましいだけなのだろう。

「沢木…」

今は遠くなってしまった沢木の机を俺は恐る恐るなでる。俺は沢木をよく知る前から彼の名前が好きだった。本当はいつだって沢木と呼びたい。いくら優しくされたって沢木の心は見えないし、いつ別れを切り出されるかと不安で仕方がない。このままでは、沢木に遊ばれているだけなのではないかという思いは、いつまでたっても消えないように思えた。


沢木の机にもたれかかり、どうしようもなく落ち込んでいた俺だが、教室の外から廊下を走る音に気がついた。その足音はどんどんこちらに近づいてくる。望月が忘れた携帯を取りに来たのかもしれない。そう思った俺は沢木の机から離れ、自分の席に寄りかかり身構えた。


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あきゅろす。
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