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騒擾恋愛
007


俺が目を覚ましたとき、一番に沢木の背中が見えた。沢木はすでに起きていてベッドに腰を下ろしている。昨日のことを色々思い出してきた俺は恥ずかしさと下半身の痛みに声をあげそうになったが、なんとか我慢した。沢木の様子がどうにもおかしい。後ろ姿しか見えないが、何かを考え込んでいるみたいだった。
俺は自分がもう目覚めていると知られなくなくて息を殺した。俺に気がつかない沢木は手のひらで頭を支え、うなだれるようにしてぽつりと吐き捨てた。

「俺は男相手に何を…」

「…」

心臓がえぐられるようだった。昨日のあれは沢木にとって後悔すべきことだったのか。俺が死にそうになるほどの痛みに耐えしたことは、沢木にとっては不足の事態でしかなかったのか。

俺は目を閉じ徹底的に寝ているふりをした。今の言葉を聞いてしまったことを知られたくなかった。知られてしまえば、この関係が終わってしまうような気がしたのだ。

しばらくするとベッドが軋み、沢木が部屋を出て行く音がした。ゆっくりと目を開き上半身を起こす。身体中のあちこちが痛かった。誰もいなくなってしまった部屋で、俺は必死で涙をこらえた。いつ沢木が戻ってくるかわからない。泣いてる姿など見せるわけにはいかないのだ。

沢木は俺のことを好きではない。それは薄々感じていたことだが、今のが決定打ではないのだろうか。だとすればどうして俺なんかと付き合ってくれているのだろう。暇つぶし? 退屈しのぎ? 沢木の考えていることがまるでわからない。沢木はそんなことしない、誠実で真っ直ぐな人間なのだと信じたい自分もいまだに存在している。すべてが俺の勘違いなのだと、そう信じ込むことができたなら、俺は今も幸せでいられただろうに。

軽い放心状態で視線をさまよわせていた俺は、ベッドのすぐ脇にあるゴミ箱の中の袋に目をとめた。どうも見覚えがあると思ったら、昨日藤城が沢木にプレゼントしたストラップだった。どうしてそんなものが袋ごと捨てられているんだ。まさか、沢木の奴。

きぃ、と扉が開く音がして俺は慌てて顔を上げる。そこには服を整えた沢木が驚いた表情でこちらを見ていた。

「おはよう、千石」

「……おはよう」

すぐに笑顔になった沢木は俺の横に座り頭を優しくなでる。先ほどのことは夢だったのかと思うほどいつも通りの沢木だ。でも、どんなに同じに見えても違う。俺が信じていた沢木の人柄は、すべて俺が信じたいものでしかなかった。

「沢木、これ…なんで」

恐る恐るゴミ箱を指差し、ストラップが入っている理由を訊ねる。頼む、沢木。納得できる理由をおしえてくれ。

「これって…ああ、このおみやげのこと」

「…なんで捨てちゃったの?」

「だってつけるわけにはいかないだろ。だったら捨てるしかないじゃんか」

間違いで捨ててしまったのだと、そう言ってくれれば俺はそれを信じた。けれど沢木は意図的に捨てたのだ。あのときのラブレターと同じように。

「なんだよ千石、まさか俺にあのストラップつけてほしかった?」

「それは嫌だけど…何も捨てること…」

「なら他にどうしろっていうんだよ。他の人にあげるのだって不誠実だろ。使いもしないのにずっと持ってろって?」

「……」

口調は優しかったが沢木が内心苛立ってるのがわかった。沢木のいっていることは間違ってはいないが、俺にはしっくりとこない理屈だった。

「そんなことより、昨日は無理させてごめんな。痛かっただろ」

「えっ、…いや大丈夫。俺は平気」

「俺に気を使わなくていい。もう少し寝てなよ、身体もつらいはずだ」

沢木に促されて俺は再びベッドに横たわる。沢木は心配そうな表情で俺の頭をなで続けた。ごまかされたような気がしないでもないが、俺はもうそれ以上何も言えなかった。

「ごめんな、千石。本当は嫌だったんだろ」

「いや、そんなことは…」

「俺のこと、嫌いになった?」

「そんなわけない!」

声を張り上げて否定する俺に沢木は目を見開く。自分の口から出てきた強い否定の言葉に俺自身も驚いていた。

「…良かった。千石に嫌われたら、俺どうしていいかわかんないもん」

ほっと身体の力を抜いた後、沢木は「水持ってくるな」といって部屋を出た。俺は沢木の姿がなくなって、俺はようやく一息つくことができた。

恋人同士だというのに、俺は自分から沢木を抱きしめることもできない。嫌われるのが怖くて何もできない。沢木の特別になりたくて付き合いを申し込んだが、むしろどんどん心の距離が離れていっていくような気がする。

俺は再び起き上がると、ゴミ箱に捨てられた袋に入ったストラップを横目に、膝を抱えてうずくまった。


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