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騒擾恋愛
002


俺がリビングの扉をあけると、すぐにいい香りが鼻をくすぐった。キッチンから母さんの音程のずれた鼻歌が聞こえてくる。

「いお君、今日はいお君の大好きなハヤシライスよ〜」

年甲斐もなくフリフリの真っ白なエプロンを着たうちの母親は、実年齢よりずっと若く見える顔で俺に優しく笑いかけた。俺が席につくと目の前には好物のハヤシライスがすでに用意されていた。

「すっげえ美味しそう! いただきます」

「ふふっ、たくさん食べてね。ママ、いお君のためにたくさん作ってあるから」

もう慣れっこになっているが、発言といい仕草といい、うちの母親はどうも子供っぽいところがある。俺にはまったく似てないその顔は、我が親ながら童顔で可愛いといえなくもないのだが、自分の母親だと思うとやっぱり恥ずかしい。若作りするのもいいが限度というものがある。せめて中身だけはしっかりした大人になってほしかった。泣くから本人には絶対言わないけど。なにせ、俺が荒れていたとき一番迷惑をかけたのはこの人なのだから。

「いお君? おいしくない?」

スプーンを口に入れつつ考えごとをする俺を見て、母さんが不安そうに訊ねてくる。俺は慌ててかぶりを振った。

「そんなことないよ、おいしい」

「そう? 良かった」

俺の表情を見てニコニコしながら母さんは自分もハヤシライスを口に入れる。何気ない夕食の風景ではあるが、中学のときは一緒に夜ご飯などありえなかったのだ。家族と夕食を共にするようになって一年たった今も母さんがいちいち嬉しそうにする理由がわかるだけに、俺はどうにもいたたまれない。

「母さん」

「なあに」

「今週の土曜日、ごしゅ…沢木の家に泊まりにいってもいい?」

うわやっべ、いま一瞬ご主人様って言いそうになった! 危なかった!

「沢木くんって、この前いお君がお家に連れてきてくれた子よね? もちろんいいわよ」

俺の頼みごとは目を輝かせた母さんによってあっさり承諾される。付き合いだしてから沢木はよく俺の家に訪れていた。普段は母さんがパートでいないので会うことはないのだが、この前母さんが仕事を早めに切り上げてきたため鉢合わせしたのだ。そのときの母さんのはしゃぎっぷりといったら、見てるこっちが恥ずかしかった。

「ママ、沢木くん好きよ。礼儀正しいし、優しいし、笑顔がとっても爽やかだし! あんないい子がいお君と友達になってくれてホントに嬉しいわ」

「沢木は頭もいいんだよ。中間の数学と英語、クラスで一番だったし」

「やっぱり! 賢そうな顔してると思ってたのよ〜。でもいきなり泊まりに行って迷惑じゃないかしら」

「土曜日は親が旅行に行ってていないんだって」

「あら、そうなの? だったら夜ご飯は?」

「たぶん外で食うか、なんか買って食べる」

母さんは沢木と友達になった俺を純粋に喜んでいるようだったが、もし付き合ってるなどといったらどういう反応をするだろう。極力隠し事はしたくなかったが、いくらぼんやりした母さんでもそれはさすがにすんなり受け入れられないはずだ。俺は悩みの種が1つ増えたことに辟易しつつ、ハヤシライスを口に突っ込んだ。









それから二日後の金曜日。俺は沢木の家に泊まるためのセットを詰め込んだ鞄を机にのせ、自分の席に座って人がいなくなるのを待っていた。沢木も沢木で、一緒に帰ろうと誘ってくる友達に断りをいれている。悪いな、沢木の友人達よ。今日は俺が沢木を独り占めだ。

「沢木くーん!」

1人浮かれ気分だった俺の耳に沢木の名前を呼ぶ声が届く。見ると俺もよく知る女が沢木のもとへ来るところだった。

「藤城さん、どうしたの?」

「あのね、この前ユカ達とプチ旅行したんだけど〜」

沢木と仲良くしたがる女子は多いが、その中でも飛びぬけて沢木に迫ってくる女、藤城は、いつものように沢木に腕をからませ話しかけている。もちろん俺の中にも嫉妬という感情はあるが、沢木が藤城を苦手としていることを知っているのでなんとか我慢できている状況だ。

「でねー、これ沢木くんにおみやげ」

「えっ、くれるの?」

こっそり2人を観察していた俺だが、藤城がなにやら沢木にプレゼントしているのに気づいて抑えようとしていた嫉妬心が再燃した。藤城の素直な恋心が他人ごとならば俺も気にしないが、相手が沢木なら話は違う。笑顔でプレゼントを受け取る沢木を見ると暗い気持ちになってしまう。いや、あの優しい沢木が断るなんてありえないわけだけども。ああ、せっかく付き合ってもらえたのに、こんな程度のことで嫉妬するなんて俺って駄目な奴だ。……ん? 付き合ってもらえた…?

「これ、ストラップ?」

「うん、そう。すっごい可愛くない? 沢木くんの携帯にあってると思って」

だんだん鬱になっていく俺の沈んだ顔を見てしまったクラスメートが、逃げるように教室を出て行く。さわらぬ神に祟りなし、といわんばかりの態度に俺の心はちょっとばかり傷ついた。

長々と話していた藤城がようやく沢木に絡むのをやめ、友人らと帰っていく。沢木はそれを笑顔で見届け自らも人にまぎれながら出口へ向かった。彼と昇降口で待ち合わせの約束をしていた俺は、しばらく時間をおいてから誰もいなくなった教室を後にした。


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