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騒擾恋愛
内緒の関係



慣れってほんとに恐ろしい。
自分の順応性の高さに、俺は改めて驚かされている。



俺達の交流はもっぱら帰宅後の電話での会話だ。沢木が暇な日の夜は交代で電話をかけるという約束をしている(ちなみに俺は毎日ヒマ)。週に一回程度は周りの目を盗んで一緒に帰ったりしているが、俺の家が近すぎるためそれも一瞬で終わる。教室では俺を天敵とみなした望月達に邪魔されるし、学校生活の中で沢木に近寄れるチャンスはほとんどなかった。


「ご主人様、明日提出の家庭科実習プリントやった?」

『なに言ってんだよ千石。俺、家庭科とってないよ。いなかったろ?』

「あ、そっか! そういえばそうだったー…」

会話の中でナチュラルにご主人様呼びをしている自分に、もはや違和感はない。沢木への“ご主人様”というのは俺の中であだ名のような扱いと化し、初めの頃にはあった恥じらいもすっかりなくしてしまっていた(それもどうかと思うが)。それでも俺は沢木という名前が好きなので、心の中ではずっと沢木と呼ばせてもらっている。いや、それが本来ならば普通なのだが、こういうのは恋人に恥ずかしそうに言わせるから楽しいんであって、こんなサバサバとご主人様ご主人様言われたってもう何とも思わないんじゃないだろうか。現に沢木も律儀に約束を守る俺のご主人様呼びを聞いても、もう顔色一つ変えない(最初の頃は満足げに笑ってたけど)。俺としては沢木が、もういいやと言ってくれるのを待っているのだが、なぜか一向にその気配はなかった。というか、この誰が得なのかもはや不明な呼ばせ方をさせていること自体を放置しているような気さえする。

「聞いてくれよ、班の奴ら酷いんだぜー。俺が包丁もった瞬間全員いっせいに逃げたりしてさ」

『え、ほんとに? ……っ、確かにそれは酷いな』

「ご主人様、いま笑ったろ」

『ぶっ、あははは! ごめんごめん、だってさぁ』

一応、ご主人様とは呼んではいるが俺達の関係はかなりフランクである。最初はどうなることやらと悩んだりもしたが、沢木はたまにおかしな発言をするものの(ご主人様云々がいい例)、基本的には優しくて俺達は良好な関係を続けていた。

「あーあ…、俺もご主人様と同じにすれば良かった…」

『同じにしたってきっとほとんどしゃべれないよ。望月達もいるし』

「そりゃそうだけどさぁ」

沢木が学校で俺に話しかけようとして、望月達に妨害されるのはいつものことだ。俺の方から声をかけるなど論外で、沢木も友人達を説得しようとはしてるものの相手にしてくれないらしい。

『今週、親が珍しく2人とも休み取れたんだ。だから2人で九州に旅行に行くんだって』

「九州? 遠っ、なんでそんなとこに…」

『弟が今年受験だから、合格祈願してくるらしいよ』

「ああー、なるほど。そういや俺も行った行った」

『えっ、行ったの!?』

「だって俺、受験ほとんど神頼みだったし。まあただ単に親が旅行したかっただけだと思うけど」

『うちも多分そう。弟は弟で、親がいないのをいいことに友達とカラオケでオールするらしい』

「えっ、本人行かないのか。てか受験は!?」

『勉強しろって言ってんだけど、ちっともいうこときかないんだよ、アイツ』

沢木の話にはよく両親、そして一つ下の弟の話が出てくる。沢木本人は恥ずかしがって認めないけど、きっと家族のことが大好きなんだろう。沢木のそういうところが、俺はすごく好きだった。

『そういうわけで明後日、うちの家誰もいないんだけど』

「うん」

『千石、泊まりにくる?』

「……………え」

『だから、明後日泊まりに来ないかって。……もしもし? もしもーし』

泊まり? 泊まりだって? 沢木の家、しかも2人きり。うわ……うわっ、どうしようどうしよう! えっ、ほんとにどうしよう!


『千石、だめなら無理には』

「…だ、駄目じゃない! 駄目じゃないです! 行きたい! つか絶対行く!」

怖いほどにがっついている自分にちょっとどん引き。でも俺だって男なんだから仕方ない。

『良かったー、1人じゃ心細かったんだよ。俺達もオールしような、千石』

「うん! するす……え?」

『弟から拝借したゲームなんだけど、すっげぇ怖くて。1人でやる勇気なくってさぁ、千石がいたら心強いよ』

「ああ…うん、任せとけ」

いや、わかってた。わかってたんだけど、やっぱりそういう恋人じみた考えは沢木の中にはないのか。だって朝までゲームって、絶対色っぽい展開に持ち込む気ゼロじゃん。沢木って絶対、結婚するまで恋人とはそういうことしないって素で考えてそうなタイプだ。まあ俺達は男同士だから、無理してそういう関係に持ち込む必要はないんだけどさ! うわぁ、俺ってばなんて破廉恥な想像を!

『じゃあ明後日、俺の家に直でいい?』

「ああ、一応母さんに確認するけど、多分大丈夫…」

1階から階段を登ってくる足音が聞こえるなぁと思ったら、俺の部屋のドアが優しくノックされた。何も聞かなくてもわかる、飯の時間だ。

「いおくーん。ご飯できたわよー」

「はーい! …悪い、沢木。夕飯呼ばれた」

『沢木?』

「え、…あー、だって仕方ないだろ。ドアの向こうに親がいるんだから。ご主人様とか言ったら、お前誰と電話してんだって心配するじゃん」

不満げな沢木の声に俺は慌てて弁明する(ご主人様の部分はもちろん小声で)。っていうか、やっぱりご主人様って呼ばれなきゃ嫌なのか。

「じゃあ沢木、また明日な」

『………』

「…さよならご主人様」

『うん、また明日』

いつものように向こうが電話を切るのを待ってから、俺はそっと受話器を置く。このまま永遠に続くんじゃないのかというご主人様呼びに気落ちしつつも、沢木と2人きりで過ごす夜に想いを馳せながら俺は気分よく1階へと下りていった。


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