騒擾恋愛
003
好きだ。俺と付き合ってくれ。
そう口にした瞬間、俺は自分のこの溢れんばかりの思いが、言葉にするとこんなに簡単で単純なものなのかと少しだけ虚しくなった。
放課後、教室に沢木呼び出した俺は、男らしく覚悟を決めたわりになかなか告白できず、10分間もただただ沢木と見つめ合っていた。真っ赤な顔で百面相を繰り返し、だらだらと無意味な会話を引き伸ばした俺を、嫌な顔1つせず10分も待っていてくれた沢木はそれだけで称賛に値する。
思ったよりも高圧的になった告白後、俺も沢木もしばらく何も言わなかった。沢木の表情は真剣に考えているようにも見えるし、予想外の事態に困り果てているようにも見える。男、しかもこんなデカブツに告白されたのだから当然だ(オカマだと思われてないといいな…)。答えは当然ノーだろうが、沢木はなかなか返事をしようとしない。
…もしかして、沢木俺を怖がってる? 確かに俺の不良時代が抜けきらない見た目から考えれば、まるで脅しだ。けれど沢木は短い付き合いではありながらも、結構打ち解けて俺をからかうようなことも言える仲だった。俺はそう思っていたが、沢木にとってはそうではなかったのだろうか。俺のこと、もう怖くないって言ってくれたのに。
沢木の顔つきにはショックを受けたが、それも仕方のないことだと自分を慰める。…土下座で告白すれば良かったかな。
「早く、返事」
またしてもちょっと高圧的に催促すると、沢木はためらいがちに返事をした。
「え、と……それ本当?」
「ああ」
俺には自信があった。
男同士なんて気持ち悪い。たとえそう思っていたとしても沢木なら、きっとそんな言葉口にしたりしないだろうと。だからこそ告白できたのかもしれない。
「……いいよ」
「え? …えっ、いい!?」
まるで俺と付き合うことを了承したかのような返事をした沢木は、特に怯えた様子もなく真っ直ぐ俺の目を見て、しっかり頷いた。
「ほ、本当に!? 俺、男だけど!」
「知ってる」
「頷かないと殺されるとか思ってない!?」
「思ってない。ちゃんと俺の意思だ」
「……っ!」
現実味はまだないが、あまりの嬉しさに俺は空に向かってガッツポーズ。ってかマジでオッケー? 一体どうして? まさか沢木も実はゲイだったり…いや、そんなことはどうでもいい。そんなの、どうだっていいことだ。
「その代わり、一つだけお願いしていいかな」
「もちろん!」
意気揚々と了承した俺に、沢木はいつもの毒気のない笑顔でこう言った。
「2人きりのときは俺のこと、ご主人様って呼んでくれないか?」
「──はい?」
我が人生最大の、マヌケな声が出た。いったい何を言っちゃってるんだ沢木は。俺の耳が正常なら、今ご主人様と言わなかったか。ご主人様? ご主人様って何? ははっ……冗談だよな?
「ほら、今そういうの流行ってるだろ。男なら一度は恋人に『お帰りなさい、ご主人様』って可愛く言って欲しいんだよ」
「……へぇ」
恋人、という響きに一瞬ときめいたものの、そういった行為を俺に求めるのは間違いではないのか。だって俺は女じゃないし華奢でもないゴツい男子だし。というかそんな変態的な嗜好、沢木らしくないにも程がある。
「絶対呼ばなきゃ駄目?」
「ダメ」
いつもの輝く笑顔を見せながらも沢木の目は本気だった。呼びたくないなんて言おうものなら、いま出来たばかりの恋人関係を白紙に戻されそうなくらいに。
仮に、仮に俺が沢木を…ご、ご主人様と呼べば、そうすれば沢木は俺の告白を気持ち悪いと拒否するどころか受け入れてくれて、しかも晴れて恋人同士になれるのだ。けれどそれでもやっぱり釈然としない俺がなかなか返事をしないでいると、沢木は貼り付けたような笑顔でペラペラと言葉を並べ立てた。
「千石は俺が好き。でも俺を主人と呼ぶくらいなら付き合いたくない。そういうことか?」
「え、いやそんな──」
「違うだろ? お前の俺への気持ちは、そんな柔なものじゃないだろ?」
「は、はい」
「だったら」
──呼べるよな?
心底楽しそうな笑みでそう言われ、俺は頷くしかない。沢木って、こんな奴だったっけ…。
「あのさ千石、勘違いしないで欲しいんだけど、俺はちゃんと千石のこと好きだから。別に軽い気持ちで付き合うって言ったわけじゃない。今日、千石に告白されて全然嫌じゃなかった。それどころか、こ……嬉しかったんだ」
「……!」
沢木の真摯で誠実な態度に感激のあまり涙が出てきた。沢木は本当に俺のことが好きなんだ。その事実があれば、もう他に何もいらない。
「今日から、千石は俺の恋人だからな。浮気なんかしたら許さないぞ」
「あ、ああ!」
俺はいま、幸せの絶頂期にいるはず……なのに。
「好きだよ、千石」
「お、俺も沢木を好き―」
「ご主人様」
「沢木を―」
「ご主人様」
「……………ご主人様」
「よし」
───これ絶対、なんか間違えた…。
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