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騒擾恋愛
007




「なあ、千石。答えてよ」

何も言えない俺に対して沢木の透き通った声が耳元に落とされる。しかし普通、友達同士でこんな好き好き言い合うものなのだろうか。俺が中学時代つるんでいた男共のことを考えると色々と有り得ない。だがもし仮にこれが普通の男子高校生の会話だとするならば、俺は彼を不安にさせる前に好きだと言ってしまうべきなのだろう。
自分なりの結論に達し口を開こうとする俺だったが、頬をすべる沢木の手が気になって言葉が出てこない。きっと俺の顔は今、無意味に赤くなっているはずだ。
そっと沢木を見上げると、彼はいつものふわりとした笑みとは違う、口角を上げただけの表情見せていた。沢木と見つめ合う状況が耐えられなくて、すぐに視線を下に戻す。すると今までの緊張感が嘘のように、沢木がいきなり吹き出した。

「…っ、冗談だよ千石。だからそんなに焦るなって」

「冗談…?」

きょとんとする俺を見て愉快そうににやにやと笑う沢木。どうしよう、沢木のノリとジョークについていけない。

「だって千石って反応がすげぇ面白いから、つい」

「お、面白いって」

「面白いよ。つか可愛い。犬っぽい」

「可愛い?犬? なんだよ、さっきは虎とか言ってたくせに!」

なんだか馬鹿にされているようでふてくされる俺の頭をなでながら、沢木は楽しそうに微笑んでいた。ようやくいつもの笑顔に戻ってくれて内心ほっとする。まるで飼い犬にするようなスキンシップをとる沢木に、彼の忠犬と化していた俺はされるがままだった。










それからしばらくの後、トイレにいっていた俺がリビングに戻ると、沢木がソファーに横になって穏やかな寝息をたてていた。

「…沢木?」

すぐにおこしてやろうと思ったが、あまりに気持ちよさそうに眠っていたために、ついその無防備な寝顔を見つめてしまう。少しトイレにいっていただけの短時間で、他人の家のリビングで眠りこけるなんてちょっと考えにくいが、このときの俺は特に変には思わなかった。

「沢木、起きろ」

そっと彼の肩に触れる。これが中学のツレならば蹴り飛ばしていそうなところだが。

「んっ…」

俺の手の感触に気づいたのか沢木が身動ぎする。慌てて手を離そうとするも、それは沢木によって阻まれてしまった。

「ちょ、沢木」

手を握られた俺はてっきり沢木が起きてしまったのかと思ったが、その目が開くことはなく彼はいまだに夢の中だ。

「沢木?」

もう一度呼びかけてみるが反応はない。けれどわずかに俺の手を握る力が強くなった気がする。もっと乱暴に扱えば簡単に目覚めるのだろうが、なんとなく起こしてしまうのがもったいなくてずっとこの状態だ。沢木に握られた手から温もりが伝わって妙にドキドキする。俺の大きめのシャツを着て眠る沢木の寝顔には思わず引き込まれてしまった。いや、むしろ寝顔というよりも…。

「あ…」

いきなり手を顔の近くまでぎゅっと引き寄せられ俺は息を呑んだ。その瞬間、俺の中のストッパーがはずれ、気がつけば俺は沢木の頬に手をかけ、彼の形のよい唇に自分の唇を重ね合わせていた。柔らかい感触が妙にリアルで、俺はなぜだか驚いていた。彼にキスをしている間は自分が何をしているかも理解できず、ただしたいからする、そんな単純な思考回路しか持っていなかった。今、沢木が目を覚ましたらどうしようと不安に思う反面、何をしても大丈夫ではないのかという妙な自信も湧いてくる。その自信と抑えきれない欲求だけが俺を突き動かしていた。

「んっ…」

沢木が小さく息を漏らし、ようやく俺は彼から唇を離す。そしてやっと自分がしたことの重大さに気がついた。俺は沢木に、男にキスしたのだ。いくら沢木が綺麗な顔をしているからといって、男にキスなんてありえない。俺はホモじゃないんだ。でも、だとすれば、沢木に触れたいと思うこの気持ちは一体──



「千石」

「…!」

突然沢木に名を呼ばれ、俺は本気で心臓が止まるかと思った。バレた、バレてしまった。

「なんで、俺にキスなんかしたんだ?」

責めるような沢木の声。勝手に男の唇を押し付けられたんだから当たり前だ。ぶん殴っていいレベルだろう。たじろぎながら沢木に罵られるのを覚悟していた俺だが、予想に反して彼は俺の手を引き淡々と言葉を続けた。

「千石、俺のこと好きなのか」

「えっ」

何を言われるかとビクビクしていた俺は、告げられた言葉に衝撃を受ける。

──好き。

ああそうか、俺は沢木が好きだったのか。だとすれば今までの自分の奇行にもすべて納得がいく。だがそれを知って、俺はこれからどうすればいいんだ。

「そんなの決まってるだろ」

俺の心の中の台詞に沢木が答える。そこに違和感はなかった。

肩に腕を回され、急激に縮まる沢木との距離。その挑発するような動きに俺の理性は吹っ飛んでしまう。沢木を押し倒し再び唇を奪う瞬間、彼の口元が小さく笑むのが見えた気がした。






「──っ!」

何かに無理やり引きずりこまれるようにして、俺は覚醒した。目覚めた瞬間は何が起こったのかわからなかった。今の今まで目の前にいたはずの沢木がいない。ソファーに寝そべっていたのは俺1人だけだ。


「……夢、か」

言葉にしてようやく理解する。そうだ、今のが夢でなくてなんだというのだ。俺のことを可愛いなどといってからかった沢木は、あの後すぐに帰っていったはずだ。だいたい現実の沢木は間違ってもあんなことはしない。

「くそっ、なんで…」


夢は願望の表れとはよくいったものだ。今のが夢で良かったと安堵する反面、がっかりしている自分もいる。夢の中の彼の言うとおり、俺は確かに沢木を好きになっていたのだから。


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あきゅろす。
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