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騒擾恋愛
002


朝のわすがな勉強でなんとか小テストの答えを書くことができた数学の時間の後、沢木がテストの出来を俺にきいてくれた。焦った俺は話しかけてくれた沢木に一言しか返事できず、まともな会話にはならなかったが、下校時間になるまで俺はずっと浮かれっぱなしだった。沢木に少し話しかけられたぐらいで大げさな、と思わなくもなかったが、純粋に嬉しかった気持ちを消せるはずもない。




下校時間になり、今週の当番にあたっていた俺は用具入れから箒を取り出し掃除を始めた。ふと窓の外を見下ろして、小降りではあるがぽつぽつと雨が降り始めていることに気がついた。朝はさんざん文句を言っていたが、今日ばかりは傘を持たせてくれた母さんに感謝だ。

「あーっ、どうしよう絶対間に合わねえ! 望月、掃除かわって!」

教室の中央でひときわ大きな声がして俺がそちらに視線を向けると、沢木達とよく共に行動している押川という男が、望月にすがりついているところだった。いつも授業中に何かしら騒いでいる、ハイテンションな奴だ。

「誰がお前と変わるかよっ、放せ!」

「だって、カオリちゃんが雨降ってきたから迎えにきてって! 俺はやく行かなきゃ!」

「んだよそれ、お前傘扱いじゃねえか。そんな女さっさと別れちまえ!」

「嫌だー!」

ウザそうな表情の望月とそれにすがりつく半泣きの押川。すぐにそのやりとりに興味をなくした俺は、彼らから目をそらし教室の床を隅から掃き始めた。あんな真ん中に堂々といられると掃除しづらいから、できたら早く教室から出て行ってほしいんだけどな。

「じゃあ押川、俺が代わろうか?」

不毛なやり取りが続く中、話を聞いていた沢木が突然そんなことを言い出した。その瞬間、望月と押川が面白いくらいに表情を一変させた。

「沢木…お前どんだけいい奴なんだよ…! 好きだ!」

「はいはい。で、押川掃除どこ? 階段だっけ?」

「沢木! 何でお前がかわんだよ! ほっとけばいいだろ」

「俺、今日特に予定ないし。押川本気で困ってるみたいだし。望月、悪いけどみんなで先帰っててくれ」

「マジで助かる! 今度沢木が当番のとき、俺絶対変わるから!」

「礼はいいから、早く行けって。こんなとこにずっと居座ってたら掃除の邪魔だろ」

沢木を勢い良く抱きしめ「愛してる!」 と叫んだ押川は、風のような素早さで教室を飛び出していく。沢木はイラついた様子の望月をやんわり説得した後、箒を持って階段に向かっていった。一連のやりとりを遠くから眺めていた俺は、その沢木の優しさに押川と同じくらい感動していた。




校内の清掃がようやく終わり、やっと帰れる頃には雨足はいっそう強まっていた。傘なしでは到底帰れないほどのじゃじゃ降りだ。午前中は快晴だっただけに傘のない生徒が多いのか、靴箱に人がたまっていた。俺の横でも見覚えのある2人組の女子(おそらくクラスメート)が予定外の雨に悪態をついている。
一瞬、俺の傘を彼女達にかしてあげようか、などとという考えが頭に浮かんだ。俺ならここから家まで近いし、傘なしでも走って帰ればなんとかなる。けれど女の子に傘をかして自分は濡れて帰る、という行為自体が恥ずかしすぎて、結局何も言うことはできなかった。そんな少女漫画みたいなキザな真似、この俺ができるはずがない。

俺は自分の傘を手に取りそのまま昇降口から出ようとしたが、靴箱から現れた男を見て足を止めた。

途方に暮れた様子の沢木が、どしゃ降りの外を見つめている。立ち往生しているところを見ると、どうやら彼も傘を忘れた1人らしい。




…どうする、俺。
言ってみるか?

いやでも沢木なら他に傘をかしてくれる奴がいるはずだ。なにも俺がでしゃばらなくても……いやいや、ここででしゃばらないでどうする。せっかくの沢木と話すチャンスだ。消しゴムをかしてくれたお礼もできるし、ええい、勢いで言ってしまえ!

「沢木…!」

意気込んだわりに相変わらずの小さい声。けれどやっぱり沢木はすぐ俺に気づいてくれた。

「千石?」

「これ! 良かったら使ってくれ」

ずずいと差し出された傘をまじまじと見つめる沢木。突然のことに何を言われたのかあまり理解できていないようだったが、すぐに俺の目をまっすぐ見返してきた。

「千石はどうすんの?」

「俺、家近いから大丈夫」

「大丈夫じゃないだろー。すげぇ雨じゃん」

「……」


このとき、俺は一瞬で悟った。沢木はこの傘、絶対受け取ってくれない。ならばどうする。無理やり押し付けて走って逃げてみるか。…すぐに追いかけてきそうだな。

「じゃあ俺、千石の家まで行っていい?」

「えっ」

突然の申し出に戸惑う俺に、沢木は笑って説明する。

「千石の家、近いんだろ? だったら俺も一緒に家まで行って、そこから傘かして欲しいなと思って。それでもいい?」

「あ…ああ! なるほど…。全然いい! 大丈夫」

「ありがとう」

その願ってもない提案に、勇気を出して良かったと顔がほころぶ。沢木と共に昇降口を出た俺は、自分の大きい傘を広げ沢木を招き入れた。


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