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騒擾恋愛
自己嫌悪


沢木と近づけた気がしたあの日から一週間とちょっと、俺の日々は特に変化することなく過ぎ去っていった。テストは勉強したかいあって平均以上の点数を取ることができたが、重要なのはそこじゃない。少しずつ縮めていきたかった沢木との距離。これから学校生活を変えていきたいと願っていた俺には、その埋まらない距離がかなり堪えた。ただひとつ違ったのは、たまに目が合うと沢木が笑いかけてくれることだ。それが今の俺の救いであり、唯一心安らぐ瞬間だった。




今日も今日とて学校はある。
友人のいない環境に慣れてきたとはいえ、やはり学校に行くのは憂鬱だ。こんなに晴れ晴れとした空の下だというのに、俺の心が晴れることはない。しかも出先に母さんから傘を無理やりわたされてしまった。午後から降り出すからと言っていたが、快晴の日に傘を持ち歩くのはなんとなく恥ずかしい。まだ登校時間には早いため、周りに人がいないことが唯一の救いだ。俺の家から学校までの10分程度の道のり、人気のない住宅街を歩く学生は俺1人。少し早めに登校して、誰もいないこの通学路を歩くのが俺は好きだった。



学校に着いた俺は靴箱横の傘立てに自分の傘を置き、いつもと同じように職員室に教室の鍵を取りに行った。ここの廊下でたまにすれ違う事務員らしき先生には今回も挨拶できずに、こっそり目礼だけしておいた。
鍵を手にしながら階段をあがっていると、上の方から人の声が聞こえてきた。こんな朝早くから珍しい、と思っただけで特に気にすることはなかったが、階段を登りきる前に見えた顔に、俺は思わず足を止め、隠れるようにして頭を引っ込めた。

「ごめんね、こんな朝早く呼び出して」

「いや、別にいいけど…」

沢木だ。それともう1人、俺の知らない女子がいる。少々ギャルっぽいが、すごく可愛い顔をした女の子だった。見覚えがないということは、他クラスの子なのだろう。

「これ、沢木くんに読んでほしい」

そう言って彼女は、持っていた手紙を差し出す。そ、それってまさか、もしかしなくてもラブレター!?
すごい、さすが沢木。入学して数ヶ月で他クラスの可愛い女子から告白されるなんて。俺なんかやっと最近、クラスの男子の名字を覚えたところなのに。

「じゃ、じゃあまた」

沢木が手紙を受け取ると女の子は一目散に走り去ってしまった。沢木はしばらくその白い封筒を見つめていたが、やがてそれを鞄にしまい込み教室に戻ってしまう。俺は自分の存在が気づかれていなかったことに安堵しつつ、盗み聞きしていたと悟られないように時間を置いてから教室へと向かった。





ドアを開けると、椅子に座っていた沢木がびっくりしたようにこちらを振り向いた。入ってきたのが俺だとわかると、笑顔で俺に挨拶してくれる。久しぶりに沢木と話せそうだと、俺も少々興奮気味に挨拶を返した。

「千石、早いな。いつもこの時間?」

「いや…早めにはくるけど。気分で変える、かな」

俺の説明がわかりにくかったのか、首を傾げる沢木。可愛い、と思った俺の思考はどこかズレてるのだろうか。

「でも、電車の時間とかあるだろ?」

「学校まで10分ぐらいだから」

「ええっ、いいなあ!」

驚く沢木を微笑ましく思いつつ、自分の席に鞄を置く。テストが終わり、すでに出席番号順ではなくなっているので俺たちの席は前後ではない。かといって、それほど遠い席でもないのだが。

「俺も近い方だと思うけど、電車に乗るのと乗らないのじゃ全然違うよ。うらやましい」

「そ、そうかな」

普通の人と会話するのが至極苦手な俺だが、ありがたいことに沢木は自分から話題を持ってくるタイプらしい。気が合うとかそういう問題じゃなくて、人として話しやすい性格をしているのだろう。しかも沢木自身が本当に楽しそうに話しかけてくるから、会話の内容とは別にこっちまで楽しくなってくる。
このまま誰も登校してこなければ、沢木とずっとこうやって話していられるのに。そんな願望が頭をよぎる。俺としてはもっと沢木自身のことを聞いてみたい。普通なら、なぜ今日はこんなに早く登校したのかを訊くところだが、あんな場面を目撃してしまった後では何も言えない。きっとあの子に呼び出されたんだろうなぁ…。

「あ、千石。ちょっとこっち来て」

突然、沢木に手招きされ、なんとなく立ったまま座ることができていなかった俺は、そのまま彼の方へ足を踏み出した。座っている沢木を見下ろすような形になる位置までくると、沢木はためらいもなく俺の腕をつかんだ。人に触れられることに慣れていなかった俺は、その端正な顔をぐいっと近づけられ思わず息を止めた。

「な、なに?」

「やっぱり」

「えっ」

「糸くずついてた、肩に」

千石の指先が俺の肩を払う。そのなんでもない理由に一気に力が抜けた俺だが、早くなった鼓動はそのままだ。

「あ、ありがとう」

何気なく沢木の机を見ると、綺麗に書かれた数学のノートが広げられていた。さすが沢木、日頃から予習復習を欠かさな……数学?

「…今日、数学あるっけ」

「ん? あるけど」

「やべぇ! 俺公式覚えてねぇ!」

数学は他の教科と違い、前回の授業分が小テストとして毎回最初に出題される。それでいい点を取らないと、授業中当てられまくるというなんとも面倒くさいことになるのだ。

「うわあ、どうしよう昨日何もしてねぇよ俺! 絶対0点じゃねえか!」

「…い、今からやれば間に合うと思うよ、千石」

心なしか沢木が笑いをこらえているように見えるが、今はそんなこと気にしてる場合じゃない。いまだ名前を覚えられない数学教師は俺を目の敵にしていて、隙あらば問題を解かせようとしてくる。すぐさま机から数学の教科書を引っこ抜いた俺は、必死に公式を頭に叩き込んだ。
くそ、せっかく沢木と話していたのに、あの髭面教師のせいで台無しだ!


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