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騒擾恋愛
004


今日最後のテストが終わり、皆友達同士かたまってぞろぞろと帰っていく。俺は心の中でさんざん復唱していた台詞を胸に抱え、目の前で帰る準備をしている沢木に話しかけた。

「さ、沢木…」

これだけで十分すぎるほどのエネルギーを使ってしまったのだが、思ったよりずっと小さい声が出た。だが聞こえてなかったらどうしようと不安になる間もなく、沢木はこちらを振り向いた。

「千石?」

心なしか昨日よりも距離をとられている気がする。望月から“忠告”されたせいだろうか。それとも、全部俺の気のせい?

「あの、俺…」

「沢木!」

消しゴムを返そうと手を出したその時、後ろから思わぬ邪魔が入った。沢木に声をかける俺に気づいた望月達が、慌ててすっ飛んできたのだ。奴らは全員、危険人物でも見るかのような視線を俺に向けてくる。望月などは俺と目も合わさずに、沢木の腕を引いて間に割り込んだ。

「何してんだ、帰るぞ」

「えっ、でも」

「でもじゃねえだろ。俺の言ったこと忘れたのかよ」

そう言って無理やり沢木を連れて行こうとする望月に、俺は思わず沢木の腕を強く掴んで引き止めてしまった。その瞬間、俺を取り巻いていた奴らの空気が変わった。

「沢木に話しあるなら、俺が聞くけど」

望月が俺を囲む男達の代表のように睨みをきかせてくる。何でお前を間に入れて話さなきゃいけないんだ。お前はいったい沢木の何なんだ。言い返したいことはたくさんあったが、どれも言葉にはできなかった。

「千石?」

沢木の二度目の呼びかけを聞いてはっと我にかえる。俺はなにをぐずぐずしてるんだろう。早く沢木にお礼を言わなければ。消しゴムを返して誤解をとく。それだけのことだ。

「いったいコイツに何の用だよ。お前と接点なんかないだろ」

「………」

…意気込んではみたものの、やっぱり俺は沢木にありがとうの一言も口にできない。こんなことになった今でも、俺は何一つ変われない。そもそもこんな大人数の前でまともに話せるぐらいなら、彼らに誤解されることもなかっただろう。
俺は、沢木と2人になりたい。でもそれすら伝えられない。

「用がないならもう帰るぞ。行こうぜ」

黙り込む俺にしびれを切らし、望月は沢木を連れて教室を出ようとした。他の男達もそれに続いていく。

「沢木…?」

とその瞬間、沢木の手を引いていた望月の足が止まりる。沢木が奴の手をやんわり払ったのだ。自分自身の情けなさに泣きそうになっていた俺は、その行動に思わず顔をあげる。きょとんとする友人達に向かって、沢木ははっきりとこう言った。

「みんな先帰っててくれ、俺は千石の話を聞くからさ」

「な、なに馬鹿なこと言ってんだよ! 帰るぞっ、話なんか聞く必要ねえだろ!」

「望月、大丈夫だから」

沢木は笑顔で望月を軽く諫め、俺の方へ向き直る。沢木の綺麗な顔に見つめられて俺は思わず身体が竦んだ。沢木はそんないっぱいっぱいな俺の腕を掴んで、優しく囁いた。

「2人で話そう、千石」

俺が言えなかった言葉をなんなく言いのけ、真剣な顔を見せる。願ってもないその言葉に俺はすぐさま頷いた。

「お、おい」

「大丈夫だって言ってんだろ。心配しすぎなんだよ、お前は」

焦る望月の肩に軽く微笑みながら手をのせる沢木。この張り詰めるような緊張感を一瞬で和らげる笑顔だった。

「靴箱で待っててくれ。な? 望月」

「……くそっ。ああ、わかったよ。すぐに来いよ」

やっと折れてくれた望月は仲間を連れて渋々帰っていく。本来ならほっとする場面のはずなのに、なぜか俺はいっそう胸が高鳴った。いま、教室には生徒がほとんどいない。俺がぐるりと見渡せば、残っていた生徒も足早に帰っていく。

「あの、沢木…俺…」

絶好のチャンスにも関わらず、俺はまともに喋れなかった。喉が渇いて、変な汗が出てくる。上擦ってしまいそうな声を、必死に押さえ込んだ。

「千石、ちゃんと聞いてるから」

だから話して。そう、優しく促された気がした。
沢木は、噂を真に受けたりせず、俺から逃げもしないで、ちゃんと話を聞いてくれる。俺がここにいることを確かに認めてくれる。それだけで、もう十分だった。

「消しゴム、返そうと思って…。あ、ありがとう、かしてくれて」

ずっと握っていた消しゴムを差し出し、やっと肩の荷がおりた気がした。けれど沢木は俺の手の中のものを見て、少し笑った。

「ああ! あのときの。それ、あげたつもりだったんだけど」

「えっ」

「いらない?」

まさかの申し出に俺は驚いたが、気がつくと首を横に振っていた。そんな俺を見て沢木は嬉しそうに顔を綻ばせた。

「じゃあ、もらっといてくれ。てか、話ってこれのこと?」

俺が頷くと、沢木は「そっか」と一言つぶやいてまた笑った。俺は沢木に微笑みかけられるたびに、胸がどうしようもなく熱くなるのを感じた。

「じゃあ、アイツらがここに戻って来ないうちに行くわ。またな、千石。話せて良かった」

「……あ、ああ」

この時間がもう終わってしまうのか思うと名残惜しかったが、これ以上沢木を引き止める理由もない。俺は去っていく彼の背中を静かに見送った。

沢木がいなくなった後も、「またな」って言葉が何度もリピートして俺の中に強く残る。今日、やっと沢木とまともに話せたのだ。千石って、俺の名前をたくさん呼んでくれた。でも足りない。もっともっと沢木と話したい。そしていつか沢木と友達に…いや、沢木だけじゃなく、みんなと仲良くなれたらいい。このときの俺はこれからの未来を想像して、まさに夢心地だった。


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あきゅろす。
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