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神様とその子供たち
006


普段通り朝からゼロと散歩して昼前まで部屋の掃除をしていると、ノックの音が聞こえた。扉を開けるとそこにはセンリと見知らぬ格好いい人狼が立っていた。その男は真崎が着ていたものと似た制服を着ていて、警察官かもしれないと思わず身構えた。

「突然すみません、カナタさん。この方は警察から来られたトガミ・トウ警視長です。昨日のイチ様とアガタの事件の参考人としてお話を聞きたいそうです」

「事件? 参考人?」

本当に相手が警察官だったことよりも昨日の事件がそんな大事になっていることに驚いた。しかも目の前の相手は普通の警察官ではなく、かなり偉い立場の人狼だ。制服につけられた勲章の数が半端ない。

「でも、あの、僕は被害届を出すつもりはありません。被害にあう前に助けてもらえましたから。せっかく来ていただいたのに申し訳ないですが…」

「いや、聞きたいのは君の事件じゃないぞ。それも詳しく知りたいが、一応被害者はアガタだ。彼は重症で入院中でな」

「えっ」

慌ててセンリを見ると顔をしかめながら頷く。事実らしい。

「彼は大丈夫なんですか?」

「回復はするし後遺症もない。だがしばらく格闘選手としては駄目だろうな」

つまりこれはイチ様を裁くための捜査ということか。イチ様は僕を助けるために巻き込まれただけなのに逮捕されるなんて有り得るのだろうか。

アガタのあの巨体とセンリの言葉を思い出す。彼の言う通りイチ様は相当強いのだろう。アガタが回復するならイチ様は手加減したと言うことだ。なんとか正当防衛にならないだろうかと助けを求めセンリを見ると、彼は僕とトガミの間に入ってくれた。

「カナタさんは未成年なので取り調べをするなら僕も同席します。よろしいですね、トガミ様」

「ああ、もちろん。好きにしてくれよ」

にこっと笑うトガミにセンリも微笑む。トガミはややタレ目で笑うとえくぼもできる。今まで見たどんな人狼より優しげで無害そうな顔立ちだ。あまり怖い人に見えないが、警察の人間なのだから優しいだけでは成り立たないだろう。この人良さそうな顔に騙されてイチ様の不利になるようなことを言わないようにしなければ。

取り調べなんて言うから警察署にでも連れていかれるのかと思ったがここで話を聞くらしい。おかげでベッドの上で眠っているゼロを起こさずにすんだ。

机を挟んで僕とセンリがトガミの真向かいに座る。トガミは分厚い手帳を開きながら肘をついてペンをまわす。まさかこの警視長が直々に僕の話をきくのだろうか。

「悪いなぁ、少年。こっちとしてもイチ様を容疑者にするなんて恐れ多くて嫌なんだが、有名人のアガタが大怪我しちまって捜査しないわけにもいかんのよ」

「いえ、僕に協力できることがあれば何でも言って下さい」

「やー、そう言ってくれたら俺も嬉しい」

取り調べと言うよりは聞き取り調査のようだったので、僕はあまり気負うことなくあの時の状況をもう一度話した。とはいえ僕は直接アガタとセンリの闘いを見たわけではない。ただ自分がアガタに襲われた時のことを話すだけだ。

「僕がゼロと歩いていたら、突然アガタさんに部屋に連れ込まれたんです。ゼロはなんとか逃がしたんですが、僕はイチ様が来てくださらなかったらどうなってたか……」

イチ様は悪くないということを伝えたくて必死にトガミに説明する。トガミはいたって真面目に僕の話を聞いてくれた。

「それは災難だったなぁ。ところで君はアガタに怪我をさせられたりはしてるか? それがあればイチ様の行動にも納得してもらいやすいんだが」

「えっと……」

目立った怪我はないが普段誰にも触られないところに指を突っ込まれとても痛い思いをした。今でも異物感があるくらいだ。しかしそれを言うのは恥ずかしすぎる。あとは押さえつけられ続けた足の痛みくらいだが。

「怪我はないですが、足が少し痛いです」

「足? どうして?」

「あの、ずっと無理な体勢で、足を開かされてたので……」

言ってて気づいたがこれもかなり恥ずかしい。みるみるうちに真っ赤になってしまいそれ以上口にできない。俯いてしまう僕を隣にいたセンリが庇うように抱き込んだ。

「もうやめてください! こんな子供に辛いことを思い出させて何になるって言うんですか!」

「え? いや、俺は別に…」

「今の話だけで十分調書は作れるでしょう。どうかお帰りください」

一方的に怒り出したセンリがトガミを追い出そうとする。抱き締められていて顔はわからないがセンリは本気で怒っているというより、とにかくトガミに帰ってもらおうとしているようだった。

「なんだセンリ、やけにその人間を庇うな…。あっまさかお前、女にモテないからってその子を代わりにしようとしてるんじゃないだろうな」

「は?」

「駄目だ! 駄目だぞそんなの。俺のプロポーズを何度も断っておきながら人間といちゃつくなんて許せん!」

憤慨しながら立ち上がったトガミはセンリの手を取り握りしめる。唖然とする僕と呆れ顔のセンリを前にトガミは熱い告白を続けた。

「センリ、いい加減諦めて今度こそ俺と結婚してくれ。お前がずっと無視するから、もう見合い話を断り続けるのも限界なんだ」

「トガミ様職務中ですよね。口説くのやめてもらえますか」

「センリ、俺は本気だぞ」

「僕も本気で断ってます」

「愛してるんだ!」

「興味ありません」

愛の告白を続けるトガミをセンリは冷たく突き放し、部屋から追い出そうとする。最早取り調べでもなんでもなくなってしまった。僕の心配をよそにセンリは容赦なく警備を呼び、しつこいアプローチを続けるトガミを部屋から連れ出してもらっていた。


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