神様とその子供たち
004
二人がいなくなってからセンリはカヤと小声で何か話していたが僕は聞き取れなかった。渡り廊下を歩いた先に離れがあり、そこが僕とセンリの部屋だった。
「えっ、一緒の部屋なんですか!?」
驚く僕にカヤが笑顔で頷く。センリの方を見ると僕よりも嫌そうな顔をしていた。
「僕は他人がいると眠れないんです」
「……」
「でもイチ様が夜はカナタさんと一緒にいてやってくれっていうから仕方なくこうしてもらったんです。布団は思い切り離してもらうのでご心配なく。ちなみにイチ様はロク様の近くで就寝なさるそうです」
部屋はとても広い和室なのでくっついて眠る必要はなさそうだ。恐らく僕よりもセンリの方が我慢してるはずなので「お気遣いありがとうございます」とだけ応えておく。
「では六時に食事をお持ちしますので、それまでおくつろぎ下さい」
お茶をいれてくれたカヤがそう言って出ていくと、センリはネクタイをゆるめ文字通りくつろぎ始める。僕はといえば部屋の中をくまなく見て回っていた。トイレや風呂や洗面台もあるのでまるで旅館だ。ここは宿泊する客人専用の部屋なのだろう。欄間や床の間、竹の壁まであるのでやり過ぎなくらいの和室だった。襖を開ければ庭の鹿威しが見える。
座椅子に座ったセンリに僕も座るようにすすめられる。淹れてくれたお茶を正座しながら飲んでいるとセンリが疲れを一気に吐き出すようなため息をついていた。
「お疲れ様です、センリさん」
「いーえいえ、あなたこそ飛行機が苦手なのに無理やり同行させてしまってすみません。緊急事態だったもので……」
そのまま机に突っ伏すセンリに追加のお茶を淹れる。緊急事態で連れてこられただけに、こんなところでくつろいでいていいのかそわそわしてしまう。
「人狼は群れ間の対抗意識が強いって聞いてましたが、イチ様は兄弟と仲がいいんですね」
「……あの方は、誰であろうとトラブルを起こさない方ですし、残された兄弟のうちロク様は唯一、イチ様と母親が同じですから」
「そ、そうなんですか?」
10人兄弟なんてすごい大家族だとは思っていたが、母親が違うなんて初耳だ。どうりでロクはイチ様とよく似ているはずだ。人狼はみな銀髪の美形でどこかしら似ているが、彼は同じ兄弟のナナと比べても明らかに兄弟だとわかる顔だった。
「ロク様はイチ様にとって特別なんです。まして男の兄弟は今まで全員元気でいましたし、イチ様の悲しみを思うと…気が重いです」
「息子さんやお孫さんは、随分あっさりしているようでしたけど」
「彼らは、人狼らしい思考をしているだけです。闘えなくなるくらいなら死を選ぶなどという、“イマドキの男”らしい考え方です。それに新しいリーダーが決まるまで、その群れは荒れるものです。二群、三群、の初代貴長はいずれも女性でしたが子供がいなかったので、それはもう大変だったそうですよ。悲しむ暇もなかった事を思えば、穏やかな死を迎えられるロク様は恵まれています」
「でもロク様は元気そうでしたし、まだ当分亡くなったりは……」
先程からもうロクが死んだかのような口ぶりのセンリに思わず口を挟んでしまう。「だったらどんなにいいか」とセンリは話を続けた。
「確かにロク様は不治の病ではありません。ただ少し体調を崩しただけで……だからロウ様はイチ様に言わなかったんです。もしロク様が命にかかわる病気だったとしたら、いくらに頼まれたとはいえロウ様も隠してはいられなかったでしょう。情報通のナナ様にはバレてしまったようですが……はぁ…」
「でも、おかげでイチ様がお見舞いに来れましたし、結果的には良かったですよね?」
センリが最悪の事態だと言わんばかり口調なのでつい訊ねてしまう。僕にはわからない何かを彼は察しているらしい。
「そのナナ様がイチ様に知らせに来たっていうのが問題なんです。人狼にとって群れの序列は絶対で、六群リーダーの命令に七群のナナ様が逆らうなんて許されない事です。それを破ってまでイチ様におしえに来たんですから、ロク様の容態が確実に悪くなってるということでしょう」
そういえば、ナナは一度も明確にロクに何かあったとは言わなかった。イチ様達が察しただけだ。一応兄の命令は守っていたのだろうか。
群れのランクの話は真崎から以前少し聞いたことがある。一群がトップで十群が最下位。これは不動の格差だが、下位の群れはまだロウの子供がリーダーのところが多いので、二群や三群の貴長より立場が上になってしまい、そのせいでトップ同士の序列の均衡が崩れてきているらしい。けれどロクとナナの場合はロウの六番目と七番目の息子で、その力関係は崩れようがない。
「じゃあロク様は、イチ様に心配かけまいと元気なふりをしていたということですか」
「ナナ様は医者ではありません。容態を見て長くないと判断したのではなく、予知したのでしょう。たとえ今調子が良くとも、すぐに悪化する事がわかった上で知らせに来たんです」
「……! ということは…」
それ以上僕もセンリもはっきり口にすることはなかったが、お互い何を言いたいかハッキリわかっていた。
その日の夜、真夜中にも関わらず突然屋敷の中が慌ただしくなった。人間の僕はすぐには気がつかなかったがセンリの耳は離れにいても騒ぎを嗅ぎ付けたらしい。彼はすぐに飛び出して行き、僕は部屋の中で待つようにいわれたがナナの予知が実現してしまわないか気が気でなかった。
願いもむなしく、嫌な予感は的中する。
ようやく日が昇り始めたまだ薄暗い早朝、イチ様の弟、ロク様の死が訃げられた。
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