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神様とその子供たち
兄弟


「こ、これで行くんですか?」

てっきりキャビーに乗ってそのまま六郡に行くのかと思いきや、案内された先にあったのは自家用ジェット機だった。イチ様個人の持ち物らしく、こんなものを所有してるお金持ちを初めて見た僕は面食らってしまった。うちも比較的裕福な方だったかもしれないがレベルが違いすぎる。他に使用者がいるようには見えないし、まさか飛行場ごと彼のものなのだろうか。

「僕とゼロも乗るんですか?」

「当たり前でしょう」

センリの言葉に思わず身震いする。実のところ、僕は飛行機が苦手だ。昔旅行で大型ジャンボ機に乗った時、エンジントラブルで離陸直後空港に引き返したことがある。ただそれだけの話で怪我も何もなかったのだが、幼い僕には十分トラウマだった。正直乗らずにすむなら乗りたくない。

「大丈夫、周りを戦闘機に囲んでもらって飛ぶので安全ですよ」

「そういう心配じゃなくて…」

「ゼロは前にも乗せたことがあるので平気です。さあさあ、急いで乗って」

「まだ心の準備が…わああっ」

急いでいるせいかあれよあれよという間に乗せられて、飛行機の中とは思えない内装の豪華さに感動する間もなくファーストクラス並みの座席に座らされる。乗っているのは僕らとパイロット達、そして数人の護衛だけだ。全員が席につき、僕はセンリの手によってシートベルトをつけられた。

「離陸の間だけ、ゼロはキャリーに入れて固定しますね。大丈夫ですか?」

「……大丈夫じゃない、事はないです」

「?」

様子のおかしい僕に気を使ってなのか、僕はイチ様とセンリの間に挟まれるように座っていた。心の準備ができる前に飛行機が動き加速を始める。一瞬で血の気が引き、自分の中の予想以上の恐怖にパニック寸前だった。

「あああの、手を握らせてもらってもいいでしょうか!」

恐怖のあまりついセンリにそんなお願いをしてしまう。その瞬間、イチ様の手が僕の上に重ねられた。

「うわああありがとうございます!?」

「あ、カナタさんに緊急着陸時の注意事項伝えるの忘れてました」

「えー!?」

「あはは、大丈夫。落っこちたりしませんから。心配なら僕も手を握っててあげますよ」

そう言って僕の手を握るセンリの面白がるような態度を非難する余裕もない。ひたすら目を閉じて離陸の衝撃に耐えていた。


機体が安定してベルト着用のサインが消えても僕はベルトを外さず微動だにしなかった。ゼロも出してもらってイチ様の膝でリラックスしているというのに、僕はといえばなるべく動かないように努めていた。

「カナタさん、平気ですか?」

「…おかまいなく」

こうやって動かずにひたすら心頭滅却して耐える事で修学旅行も乗り越えたのだ。センリの方は少し面白がってるようだったが、イチ様は本気で僕の体調を心配してるようで申し訳なかった。顔面蒼白の僕を見てセンリに相談までしている。

「センリ、カナタの様子が……」

「ですね。人間はちょっとした事で死んでしまう生き物ですから、注意深く様子を見ましょう」

「そうだな…」

さすがに死んだりはしないが、訂正できるほど元気でもなかった。イチ様から差し出された水を僕はおとなしく飲み、再び目を閉じる。

「大丈夫か」

「……はい、ありがとうございます。地上についたら元気になりますから」

「吐くなら吐いていいぞ」

ガクブルの僕の手を心配そうに握るイチ様にエチケット袋を渡されるがそういうことではない。手も握る必要はないと断るべきかもしれないが、握っててもらえると安心するので僕はそのままその手に甘えていた。


六群には一時間程で到着した。着陸の時も心の中で一人大騒ぎしていたがなんとか乗り越えられた。茫然自失のまま六群からの迎えのキャビーに乗り、イチ様らと共に六貴邸に向かった。

六貴邸はまさかの日本家屋だった。湖上の城である一貴邸に比べると質素にも思えるが、要塞のような石垣に囲まれた家の両端は玄関からでは確認できず、広さは未知数だ。

「ようこそお越しくださいました、一貴様。父にかわってご挨拶申し上げます」

僕らを出迎えてくれた人狼は玄関先で膝をつき座礼をしていた。高そうなスーツから尻尾が見えている、見た目は若い男の人狼だ。

「彼はロク様のご子息、レキ様です」

隣にいたセンリが僕に耳打ちしておしえてくれる。護衛と共にレキの先導で廊下を歩いていく。ここで働くすべての人に連絡が行き届いているわけではないようで、イチ様を見て一瞬ぎょっとした顔を見せる者もいた。ここには人狼だけでなく人間もいて人間は余計なことは言わず遠くで頭を下げていたが、人狼のひそひそ声は僕にも聞こえた。

「イチ様が何でここに? そんな予定あった?」

「ロク様に会いに来られたのか…」

「センリ様…相変わらず美しい……」

センリを目で追う男達の視線にも気がつく。彼がモテるというのは本当だったらしい。本人は聞こえてないかのように無視しているが、センリの耳に入っていないはずがない。

どれくらい屋敷の中を歩いただろうか。最早自力で玄関まで戻れる気がしない。素晴らしい日本庭園を横目に見ながら縁側を歩き、ようやくレキの足が止まった。

「今はこちらの部屋に父がおります」

「ありがとう、レキ」

「いえ……イチ様の姿を見れば父も喜びます。こちらは何日でも泊まっていただいて構いませんので、ゆっくりお過ごしください」

レキが襖を開けるとセンリらは頭を下げる。僕もそれにならって頭を下げようとしたが、イチ様に背中を押された。

「カナタ、お前もゼロときてくれ」

「えっ、僕もですか」

「ああ」

センリですら外で待っているのに僕が入ってもいいのだろうか。躊躇いつつもイチ様に促され僕はゼロと共に埃一つない畳の部屋に足を踏み入れた。


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あきゅろす。
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