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神様とその子供たち
008


多忙なイチ様はその後すぐに一群に直帰だった。またも自家用ジェット機に乗ることになり僕は一群に帰る頃にはげっそりしていたが、僕が戻ってくるとハレをはじめ一貴邸の皆が笑顔で出迎えてくれた。最近はピリピリした人狼達に囲まれて生活していたので、ここのみんなの温かさが心にしみる。
気分転換もかねて外に出してもらった僕だが、結局我が家が一番だということがわかった。ロウに認めてもらえたので出ていった甲斐はあったとは思うが、もう一度イチ様やゼロと離れたいとは思わない。

夜はイチの部屋でゼロと並んで横になる。イチ様は遅くなるとのことで先に眠るように言われていた。ゼロの寝顔を飽きもせずデレデレした顔で見ていた僕だが、しばらくすると僕の方も眠ってしまっていたが扉が開いて誰かが入ってくる気配を感じ飛び起きた。

「イチ様っ」

「起きていたのか」

「いま起きました。イチ様、お疲れ様です。今日は来てくださってありがとうございました」

四群にイチ様が現れたのは父親の無事を確認したかったのもあるのだろうが、僕を迎えに来てくれたのだ。そのお礼を言わなければいけない。

「イチ様のところに帰ることができて嬉しいです」

「父上に何かされなかったか」

「何か…?」

「父上は人間に厳しい。カナタにもつらくあたっただろう」

「……」

確かに最初は冷たくされていたが、それほど酷い扱いは受けなかった。少なくともセンリが心配していたようなことは何も。

「わかっていたのに行かせてしまった。本当にすまない」

「いえ、そんな」

「昔、父は私のために大きな犠牲を払った。そしてそれに今もずっと苦しめられている。私には、父上に逆らうことは絶対にできない。父上は私のすべてなんだ」

イチ様が父親を何より大切にしていることはわかっていた。過去にはきっと僕には想像もできないようなことがあったのだろう。イチ様もロウも戦争で戦い、イチ様はそれで耳を失った。誰よりロウを優先するのは当たり前だ。

「それでいいと思います。ロウ様が優しい方なのは一緒にいたらわかりました。人間を嫌っているのも相当な理由があるからだと思います。何よりロウ様はイチ様のことを本当に大事に思われています。イチ様が同じように家族を、父親を大切に思うのは当然のことです」

僕の言葉をイチ様は少し驚いた様子で聞いていた。僕は常日頃、親から愛してるとか大好きとか言われる家庭で育った。家族を大切にするのは当たり前のことだった。

「そう、そうなんだ。父上ほど優しく思いやりに溢れた人はいない。私を特別扱いしすぎなところはあるが……」

「イチ様は特別ですよ。僕の目から見ても特別です」

イチ様の優しさに救われた人間はきっといっぱいいる。ロウもきっとイチ様の心根の綺麗さに気がついているのだろう。

「私のすぐ下の妹、ニイとサンが生きていた頃は私ばかりに構っているわけではなかった。二人が死んでロクも亡くなってしまって、三人の分まで私が引き受けている状態だ」

「その方々もロウ様の特別だったんですか」

「特別だったのは私達の母親だ。父上が本当に愛していたのは私の母、立夏だけだろう」

「リッカ?」

「漢字はこう書く。夏の始まりを表す言葉だ」

ロウ様が紙に書いておしえてくれる。人狼はみな名前はカタカナだと思っていたので、漢字が使われているのはとても珍しく感じた。イチ様の口から母親の名前が聞けるとは思っていなかったからとても嬉しい。

「素敵な名前ですね。僕の好きな季節です」

「そうなのか」

「ええ。僕は寒がりなので、夏の始まりが一番好きな季節なんです」

「私も好きだ。母を思い出す」

ロウ様はそう言って僕を抱き締める。突然の包容にドキッとしたがそのままイチ様の胸の中におさまっていた。

「父のことを優しいと言った人間は、君が初めてだ」

「ロウ様は人間がお嫌いですもんね」

「そうだ。なぜ父がカナタに何もしなかったのか、それがわからない。センリが、カナタが隠しているだけだというから訊いてみたんだが……」

「いえ、ただ本当によく眠れるからという理由だけで連れていこうとしたんだと思いますよ」

「……待て、そうなるとまさか本当に父上と寝所を共にしていたのか?」

「ええ、そうですね」

「父の抱き枕になって?」

「いや、その言い方は……」

イチ様が僕の両頬に手を添え唇を重ねる。突然のことに僕は反応する間もなかったが、その後も抵抗はしなかった。唇が離れたあとも名残惜しく感じるくらいだった。

「父がカナタを好きになることはないとわかっていても、一緒に寝てほしくなかった。すまない、つまらない嫉妬だ」

彼のその言葉を聞いて、僕はたまらなく嬉しくなった。嫉妬とか独占欲とか、そういうのは特別な相手にしか芽生えないものだと知っていたからだ。

「あの、イチ様はもしかして」

「ん?」

「ぼ、僕のことが好きなんですか」

「は?」

「あ、いや、ごめんなさい」

イチ様にびっくりされて、すかさず謝る。思い上がった発言だった。後悔する僕の手をイチ様は強く握った。

「当たり前だろう。好きでもない相手に触れたりするものか」

「……!」

「もしかして、わかっていなかったのか?」

イチ様に好きと言われた感動で勢いよく頷く僕。「すまない」と何故か謝った後、再び僕を抱き締めた。

「ちゃんと伝えていなかった私が悪い。カナタのいない生活は本当につらかった。この家で、私やゼロ達とこれからもずっと暮らしてほしい」

「! もちろんです…!」

人を好きになれない言われていたイチ様に、プロポーズのような言葉を囁かれ有頂天になる。嬉しさのあまりすぐに返事をした僕は、いつか自分が元の時代に帰らなければならないことを忘れてしまっていた。


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