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神様とその子供たち
007


「こら!!」

「いたっ」

一触即発の二人をげんこつで止めたのはスイだった。痛みのあまり二人とも頭を抱えてうずくまった。

「イチもハツキもいい加減にしろ! ロウ様の負担になっているのがわからないのか!」

威厳と貫禄のある顔をしているだけに恐ろしい。僕だけでなくロウを含め全員がビクビクしていた。

「イチはこんな年下相手に本気を出すつもりだったのか? ハツキも勝てない相手に捨て身で飛びかかって考えなしにも程がある」

イチ様は落ち込んだまま小さく「ごめんなさい」と言った。ハツキの方は何もいわないなと思ったら突然ポロポロと涙を流し始め、僕はぎょっとした。

「申し訳ありません、ロウ様。俺はあなたの負担になることばかりしてしまって、四貴失格です」

「そんなことねぇよ。お前は俺のことばっかり気にしすぎなんだって」

慌ててロウが駆け寄りハツキを慰める。言い過ぎだぞ、と鋭い視線でスイを責めるロウの胸にハツキは顔を埋めていた。

「ロウ様の大事なイチ様に酷いことを言ってしまってごめんなさい。謝るから、俺のこと嫌いにならないで」

「ハツキのことだって大事だよ。嫌いになるわけないだろ」

相変わらず人狼相手にはとても優しいロウ。しかしそんな優しい態度は彼のような男には逆効果なのではないだろうか。

「ちゃんと頭ではわかってるんです。でも、ロウ様の側にいる男は全員、見てるだけで殺してやりたくなるんです。イチ様やスイ様ですら堪えられないのに、そこの人間があなたの近くにいるのは本当に我慢できない」

突然名指しされ矛先がこちらに向いたので僕はロウと目があった。ロウはしばらく視線が泳いでしまう僕を見つめて小さくため息をつき、イチ様の方に向き直った。

「イチ、カナタを連れて帰れ。カナタをお前の側に置くことを許可する」

「父上?」

「他の人狼だって人間を雇っている。お前だけ駄目だと言うのは俺の我が儘だった」

僕がイチ様の屋敷で働くことを認めてくれたロウに、喜びのあまりありがとうございます! と叫びたくなったが、ロウが随分むすっとした顔でハツキを撫でていたのでなにも言わずにおいた。せっかくお許しをいただいたのに、僕の不用意な一言で撤回されるわけにはいかない。

「ありがとうございます、父上」

イチ様が深々とロウに頭を下げる。センリが同じようにしていたので僕もつられて礼をした。そしてそのままイチ様とセンリと共に部屋を出ることができた。イチ様は僕の肩を抱いていたがスイにげんこつを受けたところが余程痛かったのか、立ち止まって頭を抱えた。僕は心配になって頭を覗き込んだ。

「イチ様大丈夫ですか」

「…ああ」

「ここ傷になってません?」

イチ様の頭頂部にへこみのようなものを見つけた。すると同じように確認したセンリが目を凝らしながらおしえてくれた。

「これイチ様の耳ですよ」

「え!?」

耳を怪我でなくしてしまったと聞いていたが、そういわれてみるとちゃんと二ヶ所同じような小さな穴がある。まさかの事実に、耳がちっちゃくて可愛いなどと思っているとセンリが生暖かい視線を向けてきた。僕の考えは筒抜けらしい。

「スイ様は手加減してこないですからね。一応あとで診てもらいましょう」

「大丈夫だ。時間がないから帰るぞ」

イチ様は少しぶっきらぼうな口調でそう言って早足で歩いていく。もしかして傷と耳を見間違えたことに気を悪くさせてしまっただろうか。ゼロをだっこしたまま僕がその後をついていくと、センリはにこにこしながら僕に耳打ちした。

「大丈夫ですよ。今はイチ様の方が立場が上ですが、スイ様はイチ様が小さい頃から面倒をみられているのでイチ様は頭が上がらないんです。あなたに叱られてるところを見られて恥ずかしいんですよ」

「恥ずかしい?」

「イチ様を子供扱いしてくるのはロウ様とスイ様だけですからね。それにしてもカナタさんが無事でよかったです。銃撃に巻き込まれたと聞いたときは焦りました」

「あれは僕も怖かったですよほんとに……」

いま思い出しただけでも体が震える。僕が狙われていたわけではないが、すぐ側でロウが撃たれたのだ。

「でもハツキ様が来られてたなら、乗り込んできて正解でしたね。ロウ様の側に人間なんかいたら、何しでかすかわかったものじゃないですから」

「ハツキ様は、どうしてあんなにロウ様のことが好きなんでしょう」

女性と結婚できるにも関わらず、彼はロウだけをずっと追いかけているらしい。ロウが誰か特定の相手を決めず色んな女性と遊んでいるのは、ハツキのような危ない輩が暴走しないようにするためなのだろうか。確かにあのまま僕が横にいたら亡き者にされそうだ。やはりロウは僕のために帰っていいと言ってくれたのかもしれない。

「ハツキ様は一時期、ロウ様と暮らしていた事があるんですよ」

「えっ」

「あの方はお母様が幼い頃亡くなってしまったので父親に育てられたんです。ですが虐待を受けていたことがわかって父親は逮捕されたんです。で、身寄りのないハツキ様をしばらくの間ロウ様が面倒をみられていた時期がありまして」

「どうしてロウ様が?」

「暴力的な父親に育てられたせいか、かなり手のつけられない子供だったそうで引き取り手がいなかったんですよ。ロウ様がまともに育てなおしてからは、周りの嫉妬が凄かったのもあって里親にわたしたそうですが」

「そんなことが……」

だとすればハツキの愛情は父親に向けるようなものなのだろうか。いや、あれには完全にそれ以上のものも含まれているように思う。

「刑務所に入れられた人狼はロウ様の許しがないと出られないんです。ロウ様はわりとすぐ許してしまうんですが、ハツキ様の父親は彼が死ぬ間際まで出所を許されなかったそうです。父親を恐れるハツキ様のために、ロウ様がしたことです」

「……」

その話を聞いて彼がロウにあそこまで心酔する理由がわかった。センリも自分の父親が逮捕されているせいか、ハツキの境遇に思うところがあるようだ。
ロウが誰にでも好かれる、思いやりのある優しい人狼だということはすぐにわかった。そんな彼が人間をあそこまで嫌うのは相当な理由があるはずだ。だれも話したがらないしどこにも答えは書いていないが、その理由をつきとめるのが人間のためになるような気がする。


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