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神様とその子供たち
恐怖と絶望の話



僕は夢の中で、誰かに連れていかれようとしていた。捕まえられ拘束され、動けないままでどこかへ運ばれていく。痛みもなく、朦朧としていたので夢なのだろうと思った。

そして突然鋭い痛みが走り目が覚めた時、そこは外だった。
自分の部屋でいつも通り眠っていたはずだった。それなのに、突然違う場所で横になっていたのだ。

肌寒さと痛みで覚醒して、状況を確認するため身体を動かそうとして左腕に激痛が走った。視線を下に下ろすと着ていたはずのパジャマとは違う服を着ていることに気がついた。全身黒の肌触りの悪い服だ。これは僕のものではない。外にいるというのに靴も履いていなかった。

痛みのあまり動けずにいたが、いつまでもこうしてるわけにはいかず顔だけ動かして周辺を見渡した。

…多分、知らない場所だ。
やけに綺麗に舗装された歩道、深い夜の闇を街灯が照らしている。その茂みの目立ちにくい場所に草に埋もれながら僕は倒れていた。遠くには街の光が見えるし、人の気配もある。

左腕だけでなくあらゆるところに覚えのない痛みを感じ、簡単に起き上がることもできない。ただ身体中が痛くて、誰でもいいから救急車を呼んでくれと願っていた。だが悲しいことに、こちらに気づいてくれる者はおらず、たまに人が通っても皆目の前を素通りしていく。

そもそも、自分はなぜこんな知らない場所にいるのか。寝ている間に誰かに拉致され、暴行され捨てられたのだろうか。だとすればあの、夢だと思っていたのは現実のことだったのかもしれない。しかしそんな恨みを買った覚えもないし、そもそもそんなことをされてろくに記憶もないまま今の今までのんきに眠っていられるなんて、頭でも殴られたのだろうか。

再び意識を飛ばした方が楽かとすら思っていた時、頭上から声が聞こえた。

「おい、お前こんなところで何をしている」

威圧的な口調で声をかけてきた男の顔を見上げる。男はグレーの軍服のようなものを身にまとっていたが、なんとなく警察官のようなものではないかと思った。警官の制帽に似たものを被っていたからか、そうであってそうであってほしいという願望なのか。

「痛っ…! 待って……いっ」

腕を無理矢理引っ張られ激痛に悲鳴をあげる。俺が怪我をしているのに気づき、彼はそっと手を持ち上げ俺が着ていた服の袖口をまくりあげた。怪我の様子を確認しているのかと思ったが、何やら様子がおかしい。俺から手を離した男が難しい顔をして耳に手をあてた。

「一群、三等西エリア国立平和記念公園にて負傷した人間を発見。所属コードが確認できず、拘束して本部入口まで連行します」

無線か何かで連絡をとる姿をおぼろげながらも確認し、これで助かったと思った。ここがどこかはわからないが、警察につれていってさえもらえば自宅へ帰れるだろう。いや、その前に病院に連れていって欲しいが。

「名前と階級を言え。お前は一群の人間か」

「階級? いちぐん?」

男の言葉の意味がわからない。訳のわからないことを言う男に、俺はだんだんと不信感を持つようになっていた。ただでさえ人間不信気味なのだ。警察官の格好ではない制服に、威圧的な態度。俺をここに拉致してきた人間の仲間だったらどうしよう。

「しらばっくれるな。何も言わないならお前はテロリストとして連行することになる。そうなればお前の処分は間違いないぞ」

「いっ…!!」

傷ついた左腕を引っ張られ、悲鳴をあげる。親指同士を細い指輪のようなものでで固定され、まったく動かせなくなった。
ただでさえ痛みでどうにかなりそうだったのに、指を無理矢理縛られて声にならない悲鳴をあげる。泣きわめかなかったのはただのプライドだ。高校生にもなって知らない男の前で泣きわめくのだけは嫌だった。ただ生理的な涙で前が見えなくなる。

身に覚えのない打撲で全身が痛かったが、もちろんそんなことはお構いなしに男は僕を引っ張っていく。遠巻きにこちらを見るギャラリー達の中に、猫耳のようなものをつけている人がいて目を奪われる。ここでは何かコスプレのイベントでもやっているのだろうか。来ている衣服も少し変わっているし、そんな中で怪我をして放り出されてる自分が信じられなかった。



公園らしい場所の出口近くに停車中してる車は、暗がりでよく見えないがフォルムが全体的に楕円形でコンパクトだった。見たこともないデザインだと驚いたが、すぐにその車にタイヤがないことに気づく。浮いているようにも見えたがそんなわけはない。

「乗れ」

男に命令されてまじまじと観察する暇もなく後部座席に追いやられる。しかし俺が座らされたのは大人用のチャイルドシートのようなもので、シートベルトというには大袈裟すぎるぐらいのベルトで何重にも拘束された。この時点で猛獣か凶悪な犯罪者扱いだ。こんなのは不当だと抗議する前に、口まで猿轡のようなものを噛まされる。

「自殺でもされたら困るからな」

「んー!!」

自殺なんかしてたまるか。否定しようにも口を閉じられなくなり言葉にならない呻き声をあげることしかできない。もしかして俺はとんでもない事態に巻き込まれたのではないかと、この時になってようやく命の危険を感じ始めた。

もちろん制服の男もこの車に乗り込んだが、運転席にではない。この車になぜか運転席は見当たらなかった。シートはお互いに向かい合っており、ハンドルも見当たらない。暗がりでわからなかっただけで実はこの車はバンのようなもので本当はどこかに運転手が別にいるのだろうか。しかし内装はまるで遊園地の遊具のようだ。
正体不明のその車のドアは自動で閉まり、大袈裟なくらい大きな音をたててロックがかかった。

男はなにやら携帯のような薄いパネルを操作しながらシートベルトを締める。そして俺が驚いているうちにこの得体の知れない乗り物はゆっくりと動き出した。まるで船にでも乗っているような不思議な乗り心地だ。しかしいったい、これは誰が操作してどうやって動いているのだろう。前方には大きな窓があり進行方向が丸見えだったが、走り出してすぐそこは真っ黒になった。

色々と知りたいことがあるのに、話せないので何もわからず、涙目になりながら制服の男を見ることしかできない。横の窓はあるが外は暗く見えないようになっていて、場所を確認するのも難しくただ得体の知れないアトラクションのようなものに乗って、目の前の不機嫌な顔をした男の様子を窺っていた。

十分はたっただろうか、呼吸を整えるのも必死だった僕だが、目の前の男の様子がおかしい。ワイヤレスイヤホンでもつけているのか、耳に手をあてて眉間に皺を寄せている。そして小さく「了解」と呟くと再びパネルを操作していた。

それからさらに数十分後、この乗り物がゆっくりと停車した。信号待ちでもしているのだろうかと思ったが、窓がゆっくりと開いて新鮮な風が入ってきた。

「戸守巡査、ご苦労様」

窓から顔を覗かせた男は、敬礼しながら車内を見回す。相手は、若い男のものよりも濃いグレーの制服を着た、四十歳くらいの端正な顔立ちの男だ。妙に威厳のある声が巡査と読んだので、やはり男は警察だったのかとホッとした。しかし、この貫禄ある男はいったい誰だろう。

「教官!」

「ここまで、誰に見られてないか」

「はい、大丈夫です」

教官、と呼ばれた男は拘束されているこちらを一瞥する。僕は視線をあわせるのが怖くて俯いた。

「コードがないというのは本当か。消し痕は?」

「はい。左右両方の腕を確認しましたが、見当たりません。コードを消した痕跡もありません。……教官、これは一体どういうことなのでしょうか」

「戸守、この男は私が預かる。私のキャビーに移すぞ」

扉ををあけて車内から出ようとしていた戸守というらしい若い男は絶句していた。僕は開いた扉の隙間から二人の様子をこっそり窺っていた。

「しかし、それは……」

「考えてみろ。コードがないのは、それだけで離反行為だ。上が知ったらどうなると思う。消し痕がないんだぞ。犯人探しが始まり、我々から死人が出るかもしれない」

「……」

「この男さえいなければ、すべて丸く収まる。お前はすぐに本部へ連絡してコードの件は間違いだったと報告しろ。登録住所を確認して家へ送り返したと言え。始末書はさけられないだろうが、私が手を回しておこう。今の混乱に乗じれば上手くいくはずだ」

「……わかりました。言う通りにします、教官」

「ありがとう戸守、この件はなかったことにしてすぐ忘れろ。絶対に誰にも言うんじゃないぞ」

訳がわからない内容の会話が終わったと思ったら、僕の拘束が外される。まだ指は固定されたままだが、身体が動かせるようになりほっと息を吐く。教官と呼ばれた年上の男が僕の腕を引き、立ち上がらせようとする。

「痛っ!」

「あっ、すまない」

折れた左上が動かしたことで悲鳴をあげる。申し訳なさそうに謝る男をみて、とりあえず相手が危険な存在ではないかもしれないと思えた。

「左腕に裂傷があるようです。すでに止血されていますが」

「それを先に言え。お前、歩けるか? ゆっくりでいいから」

痛くない方の腕を持ち上げ肩を貸してくれる。あの警察官よりは僕をまともに扱ってくれるようで、ひとまず安心した。


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あきゅろす。
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