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神様とその子供たち
006


午前中はロウが眠っているのを横で黙ってみているだけだった僕だが、しばらくするとスイが昼食の用意ができたとロウを呼びに来た。僕も一緒に来るように言われたので今日は一緒に食べてもいいらしい。ロウとスイの後ろについて廊下を歩いていると、突然女性の人狼が現れ駆け寄ってきた。

「ロウ様!」

「…レイヤ?」

「明日、帰ってしまわれるって本当ですか!?」

その綺麗な女性は、ロウ様にしがみついて必死の形相で訊ねる。セナと同じくらいの年代の人狼だ。

「うん、一応そのつもりだけど」

「そ、そんな……今夜は、今夜は誰と過ごされるの?」

「誰って、順番通りだとミヤとリナだな」

「わ、わたしずっとこの時を待ちわびていたんです。なのに昨夜のあの一度きりだけだなんて」

「レイヤ、ロウ様を困らせてはいけません。しかもこんな所で話しかけるなんて無礼ですよ」

スイが諌めるようにそっとレイヤの腕に手を触れる。しかし彼女はそれを勢いよく振り払った。

「わたし聞きました! ロウ様はそこのっ……人間と朝まで過ごされてるって!! なのに、わたしとはたった一度きりで…もう会えないのに…うああああん」

突然泣き始めたレイヤに全員が面食らっていた。彼女に指を差された僕は自分が責められているような気になって俯いてしまう。

「わ、わたしロウ様を愛しています。昨日初めて抱いていただけて、もっと好きになりました。ロウ様が明日出ていかれるなら、今夜もわたしといてください!」

「レイヤ! あなたをそこまで特別扱いすることはできません。わきまえなさい」

スイが大声で嗜めると、彼女はさらに大きな声で泣き出した。みんながロウが好きとは聞いていたが、まさかこんなに熱狂的な女性までいるとは。

「スイ様は口出しなさらないで下さい! もし、もし今夜も一緒にいてくださらないなら、わたし、わたし……っ」

錯乱したレイヤは袖口からカッターを取り出す。刃先を見た瞬間スイがロウとレイヤの間に割り込み一喝した。

「レイヤ!! そんなものロウ様に向けるなんて正気か!?」

「わたしがロウ様を傷つけるわけないでしょう!?」

そう言って彼女は自分の喉元に刃先を押し当てようとする。僕は「あっ、危ない!」と見てわかることを思わず叫んでしまった。

「レイヤ様!!」

突然の緊急事態に騒ぎを聞き付けた警備員がようやく駆けつける。しかし「来ないで!」と彼女は叫び周りを拒絶する。

「ロウ様と離ればなれになるくらいなら、私はもう…っ」

「レイヤ」

スイを押し退けてレイヤとの距離をあっという間に詰めたロウは、躊躇いもなくカッターを先を握る。レイヤは声を出して驚きカッターを手放した。

「やだっロウ様危ない…!」

「レイヤが怪我するよりマシだろ」

ロウはカッターを取り上げ床に捨てると彼女を優しく抱き締める。捨てられたカッターはスイがすぐに回収した。

「ごめんな、レイヤ。そんなつらい思いさせてるのに気づかなかった。今日は夜までずっと一緒にいるから、それで許してもらえねぇか」

「ロウ様お怪我が…っ」

「あんなカッターで俺の身体に傷がつくかよ」

無傷の手のひらを見せられ、レイヤが息を吐いて涙を流す。
   
「ご、ごめんなさい、ロウ様。わたし馬鹿なことをして、嫌いにならないで……」

「こんなことぐらいで嫌いになるわけないだろ。わかったら自分を追い詰めるのはもうやめろ。な?」

レイヤが頷き、ロウが笑顔で小さな耳がついた頭を撫でる。とりあえず彼女とロウに怪我がなくて良かったが、きっとたくさんの男性からアプローチされているであろう綺麗な人狼の女性が、ここまで追い詰められるほどロウに恋している事が恐ろしい。
迂闊に話しかけることもできず行く末を見守っていた僕たちだが、しばらくしてロウが警備員達を見もせずに彼らに向かって口を開いた。

「で、そこの人間共はいつまでそこにいるつもりだ」

「! 申し訳ございません!!」

背筋も凍るような冷たい声に、頭を床にこすりつけるように平伏する警備の人間達。その中にずっと僕についてくれていた地村がいるのに気がついた。その場でどうも先日はお世話になりまして、などと話しかけられるほど僕も豪胆ではないので、黙って影から成り行きを見守っていた。とその時、廊下の向こうからキトラが物凄いスピードで走ってきた。

「ロウ様! お怪我はありませんか!?」

「ん? ああ平気平気」

「警備から話は聞きました。まさかレイヤがこんなことをするなんて……レイヤ、いい加減にロウ様から離れなさい」

「いいんだよ。しばらく落ち着くまで一緒にいるから、午後の予定はキャンセルしてくれ」

よしよしとレイヤを優しくなだめるロウ。レイヤもぐずりながらロウから離れようとしない。

「それよりあの目障りな人間どもはなんだ。許可なく俺にこんなに近づいて、自分の立場がわかってないのか?」

「はっ、申し訳ありません!」

レイヤには優しさを見せていたはずのロウが一変して人間達を侮蔑し始める。ロウが振り替えってこちらを見たので、僕も消えるべきなのか一瞬迷った。

「カナタ、そういうわけだから昼は一人で食べてくれ」

「は、はい」

「悪いな。キトラ、俺の分の昼食はレイヤの所へ」

「承知いたしました」

「じゃあ、よろしく」

そう言ってロウはレイヤを連れて何事もなかったように歩いていってしまう。ロウの人間と人狼との態度の差に僕は愕然としていた。


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あきゅろす。
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