神様とその子供たち
005
その日はロウは真夜中になってから戻ってきた。昨日よりも遅い時間だ。そしてしっかり僕をホールドしてすやすやと眠ってしまう。本当に自分が枕にでもなったような気分だ。寝るときしか一緒にいないので彼と話す機会もない。なので彼が女遊びしまくりなんですよ、と言われてもそうなんだなとしか思えないでいる。
正直言うと、ロウが女遊びをしていようと僕にはどうでも良いことだ。理解はできないが、僕個人としてはイチ様の父親であるロウに認めてもらうことが一番であり、そのことにロウが女好きであるかどうかはあまり関係ない。
その日はなんとか眠ることができた僕だが、朝は眠りが浅かったせいなのかいつもより早く目が覚めてしまった。きっちりとロウに抱き締められているので身体がカチカチに固まってしまっている。なんとか抜け出して寝直そうかと思いロウを押し退けようとした時、彼の口から血が出ているのに気づいて声をあげた。
「うわっ、ロ、ロウ様!! 大丈夫ですか!?」
「……んん?」
「生きてた! ロウ様どうしよう! 口から血が!!」
死んでたらどうしようかと思ったがちゃんと生きてくれていて良かった。ロウは怪訝な顔をして口元の血を拭う。口に手を突っ込み、何かを取り出した。
「歯が割れてる」
「え!!?」
見ると彼の手には確かに歯のかけらのようなものがある。しかし歯が割れた経験がない僕にはどうすればいいのかわからない。
「よくあるから平気だ。また生えてくるし」
「生えるんですか!?」
「ああ、そうか人間は生えねぇのか。くそ…せっかく熟睡してたってのに…」
やや不機嫌なロウは口元を拭うと枕元にあった電話を手に取る。僕はなぜかそれを正座して見守っていた。
「……スイ? また歯割れてたわ。……いや、今まで寝てたから気づかなかったんだよ。…ああ、医者呼んでくれ。悪いな」
電話の相手はスイらしく、彼はよくこんな時間に起きていたものだと思ったがどうやら医者を呼んでくれるらしい。こんな朝早くから来てくれる医者は普通いないだろうが、ロウが患者だからこそだろう。
ロウはワイルドに指で歯を引っこ抜き、ティッシュを丸めて噛んだ。そして何事もなかったかのように僕を再び抱き締めて眠ろうとする。
「えっ、あの、ロウ様?」
「医者が来るまでもっかい寝る」
「医者にこの状況見られるのは駄目じゃないですか!?」
「うるせー静かにしろ」
ロウが僕のいうことなどきくわけがなく、再び夢の中に入ってしまった。僕を逃がさないようにするために今度はしっかり力が入っている。絶望的な状況で僕はどうすることもできず、もちろんもう一度眠ることなど出来なかった。しかし幸い、そのあとすぐスイが一人で様子を見に来てくれてロウを着替えさせたので他の誰かにこの状況を見られることはなかった。
病院が隣にあるのだろうかというくらい、すぐに医者は現れた。僕は別室で待機していたので何をされたかはわからないが、後からスイとロウが話してる内容を聞く限り、麻酔をするかしないかでもめた以外は問題なく割れた歯の欠片を抜くことができたらしい。どうやらロウは注射が苦手なようだ。
大事をとってしばらく安静にと言われてしまった彼は再びベッドに戻される。不服そうなロウは遠くから様子を窺っていた僕に気づき手招きで僕を呼んだ。嫌々近づいていくと僕の手を引きベッドに座らせ、彼は圧迫止血していたらしいガーゼを口から取り出した。
「傷口見る?」
「い、いいです」
ロウは僕の素早い拒絶を笑い飛ばす。冗談だったらしい。
「大丈夫そうで良かったです」
「大丈夫なもんかよ。無理矢理麻酔させられたからすげー気持ち悪ぃ。俺はいらないって言ったのに。午前中は休んどけって、俺は病人か何かかよ」
本人はここで安静にしていなければならない事に不満らしい。確かに少し過保護かもしれないが、それだけロウは大切にされているのだろうが、彼は今すぐ外に出たいとばかりに足をバタつかせている。
「そういやお前、今朝俺のこと名前で呼んだな」
「……え」
「人間のくせに度胸あるじゃねえか」
「も、申し訳ありません!!」
ロウの名前は人間は口にしてはいけない。わかっていたのにあの時は焦って失念していた。
これはきっと許されないことだ。不敬罪で罰せられて、これを口実にイチ様のところをやめさせられるかもしれない。焦って頭を下げる僕を見て、ロウは笑った。
「まあ別にいいけど。俺と二人だけの時にしろよ。スイが聞いたらカンカンだろうからな」
「え……」
軽い彼の言葉に呆気にとられる。これはそんな簡単に許してもらえるようなことだったのか。もしかして周りが過剰に彼を人間嫌いにしているだけで、ロウは意外と広い心を持っているのかもしれない。
「ところでお前の名前って…なんだったっけ?」
「彼方です。阿東彼方」
「そうか。ならカナタ、お前も今から俺の横で寝ろ」
「ええ……」
「さっさと寝ろ!」
また枕になるのかと思いながら渋々横になる。抱き枕を抱くように僕の背中に手を回した上に足も乗せ、満足げに目を閉じた。向こうは満足げだが僕は寝苦しくてたまらない。
センリに脅されていたので警戒していたが、どうやらロウが僕を抱き枕にしたかったのは本音だったらしい。しかしなぜ僕がいると安眠できるのか。それはわからないが、イチ様から引き離すために連れてきたのではないとわかってほっとた。
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