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神様とその子供たち
002


地村の言う通りキトラの家は徒歩で行ける距離にあった。イチ様の城ほどではないがかなりの豪邸で、入る前に警備員に簡単なボディーチェックを受けた。屋敷の使用人にはじろじろと好奇の目で見られたが、みんな耳と尻尾がないところを見るとここで働いているのは全員人間らしい。

「こちらが本日、君主様がお泊まりになられる予定の部屋です」

案内された広い客室はまるで高級ホテルのスイートルームのようだった。ロウのための部屋というだけあって過ごしやすいように色んな工夫がされている。

「しかし何故、人間の阿東様がここに入ることを君主様が許すのかわかりません。あなたはいったい何者なんですか」

「何者っていわれても、僕は……」

僕はただの人間で、平凡に生きてきただけだ。それがよくわからないうちにこんな事になっている。同じ人間である彼に助けてくださいと言いたかったが、彼が助けてくれるなどとは思っていない。だから表向きの、イチ様の使用人としてふさわしい人間かを見極めるために連れ回しているという理由を話した。理由を聞いて、一応地村は納得してくれた。

「そうでしたか。申し訳ありません、詮索などしてしまって」

「いえいえっ、そう思われるのも無理ありませんから」

「わたしは君主様のお部屋に長居する事は許されていませんので、これにて退室させていただきます。屋敷内におりますので、外出される際はお呼びください」

そう言って彼は電話番号を僕におしえてくれた。もちろんプライベート用ではなく仕事用だろうが、ほぼまっさらなアドレスに誰かの番号が加わるのは嬉しい。

地村がいなくなった後、どうすればいいのかわからず広い部屋をぐるぐるとひたすら歩き回っていた。テレビもあるがなんとなく部屋の主のロウがいない間に気軽に使う気にはなれなかった。

午後6時を過ぎた頃、暇すぎて椅子に座ってうつらうつらしていた時に彼は突然現れた。

「おい人間!」

「うわ! はい!」

気がつくとロウとスイが目の前にいて驚きながら直立不動で返事をした。ロウは寝起きの僕の腕をつかむと着替えを差し出した。

「キトラに用意してもらった。今すぐこれに着替えろ」

「? スーツ?」

「人間用だから、サイズもあうはずだ。一応同行者として、お前をキトラに紹介する」

ロウに言われて慌てて服を着替える。ネクタイにもたついているとロウが急かすように僕を睨み付ける。

「ほら、早く。置いてくぞ」

「は、はい」

歩き出してしまったロウに着替えが中途半端なままついていく。ロウとスイと共に廊下を進んでいくと部屋の前で先ほどの人狼、キトラが頭を下げて出迎えた。

「ロウ様、スイ様、狭いところですが食事のご用意ができるまでこちらでおくつろぎ下さい」

「ああ」

ロウに続いて入ってきた僕をキトラが凝視する。僕はここにいていいのか不安になってきた。

「そうだ、こいつがさっき言ったイチのとこの……名前なんだっけ」

「阿東彼方です」

「あー、そうそう。こいつもここに泊まるからよろしく」

「よろしくお願いします」

「は、はぁ……」

頭を下げて挨拶する僕とロウ様を、本気か? という顔で見比べている。ロウは気にすることなく椅子に座り僕らにも座るように促す。

「しかし驚きました。まさか、ロウ様が人間を連れてるなんて……」

「だろー。まあイチのとこの奴だから、特別扱いしてやってんだよ」

椅子に深く腰掛けふんぞり返るロウ。その時、扉から突然誰かが駆け込んできた。

「ロウさまっ!」

細身の女性が突然飛び出してきてロウに抱きつく。僕はぎょっとして目を見開いたが、ロウは驚きもせず彼女を受け止めた。

「セナ?」

「そうですセナです! わたしのこと覚えていてくださるなんて……」

若く美しいその人狼の女性は嬉しくてたまらないといった様子でロウに抱きついている。キトラが慌てた様子で立ち上がりこちらに近づいてきた。

「セナ、やめなさい。ロウ様に気安く抱きつくんじゃない」

「だって、わたしロウさまが来てくださるのずっと待ってたんですもの」

キトラに引き剥がされ、セナという女の子が渋々といった様子でロウから離れる。このロウに馴れ馴れしい女子はいったい誰だろう。キトラの娘だろうか。

「妻が申し訳ありません。セナ、謝りなさい」

「ロウさま……カッコいい〜〜……」

「セナ!」

「ごめんなさいトラちゃん、怒んないで〜〜」

彼女が妻ということに驚く僕。セナは今度はキトラに抱きつきほっぺたにキスをした。

「結婚おめでとう二人とも。式に出られなくて悪かったな」

「いえそんな、豪華な祝いの品を送っていただいてセナも私も大喜びでした」

「でもなぁ、キトラの結婚式は前の時も出られなかったし、今度は出てやりたかったんだけどなぁ」

「ロウ様の多忙ぶりは知っておりますから、今日こうして来てくださっただけで十分です。な、セナ」

「もちろんー! あ、あとでお式の写真見せますねぇ」

「ありがとう。セナは可愛いなぁ」

セナの頭をなでなでするロウ。見た目には年齢差はそれほどあるわけではないのに、これで父と子以上に離れてるのだから驚きだ。

「わたしあと3ヶ月で19ですよ! もう子供じゃありません!」

「はは、だよな。すごい美人になったもんなぁ」

「きゃ〜〜〜」

セナが歓喜するのと同時に扉の近くからも黄色い声があがった。半開きになったドアからどこからわいてきたのか数人の若い女の子がこちらを覗いている。ロウが手を振ると悲鳴に近い声が部屋に響いた。

「セナが来るからみなが来てしまっただろう。ほら、早く扉閉めて。セナも出ていきなさい」

「はぁーい」

渋々と部屋から出たセナと外の女子たちがはしゃぎながら扉を閉める。ロウのファンはここにもたくさんいるらしいが、あんな若い子達はいったいどこからわいて出てきたのだろうか。

「申し訳ありません。ここには来ないように言っておいたのですが」

「いいって。止めてどうにかなるもんじゃないだろ。いやぁ、モテる男はつれーわ」

はっはっはっと高笑いするロウは満更でもない様子だ。確かに、美形揃いの人狼の中でもロウは特別輝いて見える。僕もふとしたとき彼の姿に目を奪われてしまう程だ。人間の僕に対しては不遜だが人狼に対しては偉ぶることもなく気さくに振る舞っていて、彼が人気があるのも納得だった。


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あきゅろす。
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