神様とその子供たち
011
僕の準備は驚くほど早く終わった。元々持ち物も少ない上引っ越しするわけでもないので、残された時間の殆どをゼロとの別れに使ってしまった。ゼロはやっぱり僕の言葉がわかるらしく、行くなとばかりに僕の膝から離れようとしない。その姿を見てると今からでもやっぱりやめます!! と自分の言葉を撤回してしまいたくなった。またすぐに帰ってくるからと何度も言い聞かせたが納得してくれたようには思えない。
僕がロウ様に同行することはここの皆に瞬く間に広まり、噂を聞き付けたハレが僕の部屋にやって来た。
「カナタ! お前ロウ様と行くって本当か!?」
「あ、…うん」
「いいなーー! 俺もいっしょに行きたい! なんでカナタだけ?!」
目をキラキラさせたハレがパタパタと尻尾を揺らしながらそんなことを言う。ハレにとってもロウは大好きでたまらない相手らしい。
「いやでも、またすぐに帰ってくるから」
「それでもいいなぁ…あーー俺もロウ様が眠れるようになる力があればいいのに」
「なんで僕が行く理由まで知ってるの??」
「さっきロウ様に聞いたから」
ロウはみんなに尊敬されてはいるが近寄りがたい存在ではないらしい。ハレはロウに3回も抱き締めてもらった! と喜んでいた。
「俺、ロウ様にカナタのことあんまりいじめないでくれって頼んどいたから」
「あ、ありがとう」
「ロウ様人間にはちょっとシビアだけど、すげーいい人だから。帰ってきたらロウ様の話いっぱいしてくれよな」
ハレが笑顔でそう言ってくれたので少し気が楽になった。おそらく夜しか一緒にいない上に相手は眠っているから何も話せるようなことはないかもしれないが、それぐらい関わりが少ない方がいいだろう。
ハレと共にゼロをだっこしながらわずかばかりの荷物を持ってロビーへ行くと、ここの従業員がたくさん集まっており、その中にはロウやイチ様達もいて、ロウはみなに囲まれてもみくちゃにされている。男女共にモテモテだ。全員ロウの見送りらしい。
「やっと来た。なんだお前、荷物それだけ?」
「はい」
「ふーん。まあ身軽な方がいいけど……ってこら、そこは駄目、駄目だって」
誰かに尻尾を触られても優しく嗜めていて何をされても怒らないロウ。ここの使用人の人狼達も普段は礼儀をわきまえた人達なのに、この男の前ではなぜこんなにも我を忘れてしまっているのか。ハレもすぐにロウに駆け寄り、耳と尻尾が垂れ下がったまま声をかけた。
「もう行っちゃうんですかロウ様」
「ごめんなハレ、またすぐ帰ってくるから」
「ほんとですか?」
「もちろん」
ロウがハレを抱き締めているうちに僕はイチ様に話しかけた。その後ろにはセンリが落ち着かない様子で立っている。
「イチ様、僕……あの、なるべく早く戻ってきますから」
「それはカナタが決められることではない」
「え?」
「……いや。道中気を付けなさい」
イチ様はそう言って僕に背を向ける。もう少しで彼を引き止めそうになったが、なんとなくイチ様が遠い存在になってしまったようで何も言えなくなった。代わりにセンリが僕のところへやってきて腕をつかんだ。
「カナタさん、時間がないので手短に言います。ロウ様には気をつけて下さい」
「え? あ、はい。それはもうわかってます」
「わかってないです、あの方がどれだけ人間嫌いか。いくら睡眠不足解消のためだからって、人間と一緒に仲良く寝るなんて絶対にありえません」
「え? でも現に……」
「あなたが安眠材料になるっていうのは事実だと思います……多分。ロウ様の思考は僕でも読みにくいんですよ。でも今回の事はあなたをイチ様から引き離すのが一番の目的に決まっています。絶対カナタさんに難癖つけてやめさせようとしてきますよ」
「……」
センリはロウが大好きなはずなのにかなり冷静に見てくれている。あの人間嫌いの男が単純に抱き枕として僕を呼んでいるわけがない。確かにその通りだ。
「ロウ様ほど人間を憎んでる人狼はいません。でもロウ様のあなたに対する態度が妙に甘いので、おかしいなと思ってたんです。……カナタさんが子供だからかとも思ってたんですが、いま思えばあなたをここから連れ出すための演技だったのかもしれません」
「な、なるほどー」
僕からすればロウにはかなり嫌われていたと思うのだが、あれで甘いのなら演技をやめた時はどんな態度をとられるのだろうか。
「やめさせようとしてくるだけならまだいいです。ロウ様や周りの挙動で何かおかしいと感じたら必ず連絡して下さい」
「えっとそれはどういう意味で?」
「人間をイチ様から引き離すためなら、あの方はきっとなんでもします。本当なら無理矢理にでも止めるべきだったのに、ロウ様と行かせることになってしまってすみません」
「いえ、それは僕が決めたことですから……」
「ああ、せっかくいいお世話係が見つかったと思ったのに。……さようなら、カナタさん。お元気で」
意味深な言葉を残して僕から離れてくセンリ。最早今生の別れのような態度だ。すぐにここに戻ってくるつもりだったのに、生きて帰ってこれるかどうか不安になってきた。
「なにセンリとしゃべってんだ。おい、行くぞ人間。さっさとついてこい!」
「わっ」
「キャンキャン!」
ロウに引きずられていく僕をゼロが吠えて引き止めようとしてくれる。暴れるゼロをうまく掴んで抱き締めるイチ様の姿を僕はギリギリまで見ていた。
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