神様とその子供たち
009
「嫌です……」
「ああ?」
「ひっ」
つい本音が口から出てしまう。しかしここでハイわかりましたと二つ返事できるわけもない。この人間嫌いで有名な男となぜここを辞めて出ていかなければならないのか。
「僕、ここをやめたくないです。頑張りますので、どうかここで働かせてください」
「は? そんな話してねーんだけど」
せっかく頭を下げたのに意味がわからんという顔をされる。ロウは目をこすりながら大きなあくびをした。尖った牙のような犬歯が見える。
「俺さーー、不眠症なんだよな」
「え…あ、そうなんですか、大変ですね……」
「お前他人事だと思って。これがどんだけ大変かわかるか? 一時間おきに目が覚めて、毎晩寝た気がしねぇよ」
「ですかー……」
もっと親身な受け答えをしてあげたいが寝起きで頭が働かない。そもそもなぜこんな相談を受けているのかわからない。
「ただお前が横にいたときびっくりするぐらい眠れたから、何でかなぁと思ってたんだよ。なんつーか、お前の匂いが落ち着くっていうか。んで昨日ためしに忍び込んだらまたよく眠れたわ。もうこの2日で1週間分くらい寝たからな」
「……ということはつまり、僕に安眠グッズとして同行してほしいという事でしょうか」
「そ!」
そ! と言われても困る。ここは僕が知る現代より進んだ未来なのだから、不眠症を解消する効果的なグッズなど他にいくらでもあるのではないだろうか。どうしたら諦めてもらえるだろうかと悩んでいると、叩くようなノックと共にセンリとイチ様、そしてロウの付き人のスイが入ってきた。
「ロウ様!!」
「おーセンリ」
「消えたと思ったら…どうしてここに!?」
「あーっと、いっちゃんおはよう〜〜」
センリが呆然とする中、誤魔化すように笑ったロウが気だるげに手を振る。イチ様はすぐに僕の側に来てくれて「大丈夫か?」と心配してくれた。一応頷いたが今まさに辞めさせられようとしているので無事とも言いがたい。
ロウはここに来た経緯を説明したあと、僕を辞めさせるように手配してくれと何でもないことのようにさらっとセンリに頼んでくる。話を勝手に進めないでくれ、と僕が止める前にセンリの方が叫んだ。
「だめです!! いくらロウ様の頼みでも、カナタさんを辞めさせるなんてできません!」
センリが必死にロウを止めようとしてくれるのを見て感動してしまう。いざというときは助けると言ってくれた言葉は本当だったのか。
「今からまた面接して人間選んで、チビに慣れさせるのがどれだけ大変だと思ってるんですか!? この忙しい時期にそんなことしてる暇はありません!」
えっそういう理由なの? と悲しくなったがロウを説得してくれるならもうなんでもいい。イチ様は僕を引っ張って背中に隠してくれた。
「えーでも人間なら誰でも大丈夫なんだろ? 代わりの人間はこっちで用意させるからさぁ」
「そういう問題では……」
「センリ〜〜俺がどれだけ不眠に悩んでるかお前知ってるだろ? なのに何でそんな酷いこと言うんだよ〜」
「う……」
「なぁイチ! いいだろ? その人間俺にくれ!」
父親に軽い口調で言われたイチ様は微動だにしないまま黙りこんでしまう。無理だと言ってくれない事に内心ハラハラしていたが、イチ様の表情がだんだんと険しくなっていった。それを見ていたセンリが僕らの間に割って入った。
「イチ様がロウ様のお願いを断れないのをわかってて頼むなんて卑怯ですよ! 絶対わたさねぇから諦めろってイチ様は言ってます!」
「えっ、イチが言ってんの? ほんとに?」
「言ってますとも! 顔を見ればわかります」
ロウがショックを受けていると、ずっと黙っていたスイがようやく口を開いた。
「ロウ様、少し冷静に」
「だって息子が反抗期かもしれねーんだぞ〜、もうやだ〜〜いっちゃんに嫌われたら生きてけねぇよ〜」
「イチ様がロウ様を嫌うことなどあり得ませんよ。それからセンリ、あなたは易々とロウ様に意見できる立場ではないはずです。わきまえなさい」
「も、申し訳ありません……」
深々と頭を下げるセンリに、なぜかロウが「センリをいじめるなよ!」とスイに怒っていた。見た目はスイが圧倒的に年長者なので、何でも言うことをきいてしまいそうな貫禄がある。
「それでは私から提案します。ひとまず、短期間だけこの人間をお借りする、というのはどうでしょう」
「えーっ、もらっちゃダメなの??」
「ひとまずは、です。いかがですかイチ様」
再びイチ様に訊ねてくるスイに、イチ様は考え込んだ後、僕の方を見た。
「カナタさん、イチ様があなたはどうしたいか訊ねられています」
「ぼく!?」
「ええ。あなたの事ですから、あなた自身の意見をきかないのはおかしいので」
「……」
「もし同行させるなら、もちろんカナタさんのことは大事な客人として扱っていただけるんですよね、ロウ様」
「当たり前だろーーせっかく見つけた睡眠導入剤だぞー」
「良かった。もしカナタさんの身体に少しでも傷がつくようなことがあれば親子の縁を切る、とイチ様は仰られていますので」
「嘘だろ!? いっちゃんそんなこと言ってんの!?」
センリの容赦のない言葉に父親が狼狽しているにも関わらずイチ様は否定しないので、あながちセンリの嘘でもないのかもしれない。ロウと一緒に行くなど絶対に嫌だが、もしかすると彼ならば僕がこの時代に来てしまった理由を知っているかもしれない。むしろ彼が知らなければ二度と帰れない可能性も出てくる。期限つきなのだから、ここでぬくぬく安全に過ごすより一度外に出て手がかりを手に入れるのが先決かもしれない。
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