神様とその子供たち
006
僕は一人部屋で待機していたが、部屋の片付けと掃除が終わった後は暇でしかたがなかった。いつもはゼロがいるので退屈とは無縁だが、ゼロの世話以外の仕事を与えられていない僕には何もできない。外に出ることもできないので、ベッドで昼寝でもしようかとも思ったが胸騒ぎがして眠れない。仕方がないのでピアノの練習をしていると、ご飯時にノックの音がした。
「失礼します。お待たせしました、カナタさん」
「あっ、ありがとうございます。センリさんが持ってきてくれたんですね」
彼の手には僕の夕食の用意がある。いつもはハレが持ってきてくれることが多く、センリが顔を出すことはまずない。僕に用事があるとき以外は。
「今日は特別です。みんな少しでもロウ様と一緒にいたがるので仕事は保留、休みみたいなものですね」
「センリさんはいいんですか?」
「僕にはロウ様への耐性があるって言ったじゃないですか〜。他の皆みたいに追いかけ回したりしませーん」
「そうですかね…?」
そう言うセンリもかなりロウが好きなように思える。それにしてもロウはなぜそんなにも皆から好かれるのだろうか。
「あの、どうして君主様に触られたとき、ゼロは暴れなかったんでしょう。君主様がみんなにあんなに慕われてる事に関係があるんでしょうか」
国民性といえばそうかもしれないが、まだ小さいゼロまでもロウを嫌がっていないのには驚いた。もしかして、ハレの妹のハクアと同じような魅了する特技でもあるのだろうか。
「いえいえ、あれは特技でも体質でもありませんよ〜〜。イチ様の前ではただの親バカですが、ロウ様は誰よりも強く賢い方です。今の我々の生活があるのはすべてロウ様のおかげです。あの方はあらゆる点で他の人狼を凌ぐ存在ですから、チビさんが本能的に従ってしまうのも仕方ありません。それに人間にはとても厳しくても、人狼にはとても優しいんですよ」
「……」
納得できるようなできないような理由だが、ゼロが怖がってないのならばそれは良いことだ。もう今日はずっとお役ごめんかもしれない。
「さすがにロウ様も夜まで息子にへばりついていないので、寝るときはイチ様とチビさんのところに戻れますよ」
「えっ、いいんですか!」
「もちろん。チビさんもあなたに会いたがってすでにぐずってますから。ロウ様にバレなければ大丈夫です。ロウ様が寝所に戻られたら、迎えにきますね」
ロウがいる間はこの部屋から迂闊に出られないと思っていたので朗報だ。僕は早く真夜中にならないかなと心待ちにしていた。まさかその日の夜、あんなことになるとは夢にも思わずに……。
「こらーー!」
その夜、センリに呼ばれてイチ様の部屋へ行き、イチ様に父親の失礼を詫びられ恐縮しながらゼロを含めた四人で団らんしていた時、ロウが突然乱入してきた。
「なんでこいつがいる!!」
「ロウ様?! なぜここに…」
センリがさっと僕を背中に隠そうとしたが時すでに遅し。僕の方も無駄だとわかっているのに息を止めて存在を消そうとしていた。
「さっきハレに聞いた! イチとこいつが仲良く寝てるって。ハレの嘘かと思ってきいて回ったら、みんなチビとイチとこいつが3人で夜はずっと一緒にいるって言うんだよ!」
「ほんとに皆おしゃべりですね……」
僕とイチ様が同じ部屋で寝ていることはいつの間にか全員に知れわたっていたらしい。一人に知られれば皆に公表するのと変わらないと思っていた方がいい。
「まさか俺のイチが、人間と同衾するなんて…!」
「違いますロウ様。これには事情がありまして」
センリがこうなった経緯を冷静に説明する。イチ様は一応僕を守ろうとしてかシーツを被せてくれたがもう色々と手遅れだ。ゼロは僕の懐の中ですっかり丸くなっている。怖がっているのか眠いだけなのかわからない。
「ですので、これは二人の意思とは関係なく仕方のない状況なのです。共に寝ているからといって間にはチビがいますし、断じて二人の間に何かあるわけではありません」
センリの説明に気まずくなってシーツの中で真顔を取り繕う僕。厳密には何もないわけではないが、ここでバレるのは死活問題だ。
「でも、人間とイチを一緒に寝させるのは危険だろっ」
「カナタさんは僕が認めた善良な人間ですよ。ロウ様は僕の目を疑うんですか?」
「そんなわけないだろ〜センリがイチの側にいてくれなきゃ俺は心配でますます眠れないよ〜」
「でしたらこの件は仕方ないと目をつぶって下さいますね?」
「でもでも、俺とだってもう一緒に寝てくれないのにあの人間だけズルいだろ!」
「それは今回の問題とは違うでしょう。聞き分けてください」
「センリーー」
ロウに泣きつかれて再び尻尾が揺れるセンリ。彼のおかげで丸く収まるかと思ったが、大人げなくしょげていたロウが突然顔を上げて叫んだ。
「わかった。こいつがここで寝なきゃならないっていうなら、俺もここにいる!」
「はい?」
「俺もいっちゃんとチビと一緒に寝る! 別に問題ねーだろ」
「いやしかしそれは……」
僕の方をちらりと見るセンリがしまったという顔をする。駄目な理由が僕が嫌がるから以外に思い付かないらしい。
「いいよないっちゃん、この人間が良くてパパが駄目な理由なんかないもんな」
「………」
「いいよな?!」
「……まあ、はい」
渋々といった感じで頷くしかないイチ様と項垂れるセンリ。「枕持ってこよう」と笑顔で部屋を出ていくロウの前で僕はすぐにでもここから逃げ出したくなっていた。
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