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神様とその子供たち
003


その日はいつも通りの朝だった。しかし仕事で出ていったはずのイチ様が予定より早く帰ってきたかと思えば、ここで働く人狼達も全員慌ただしく動き始めた。一体何事かとゼロを抱っこしながら様子をうかがっていると、僕を見つけたセンリが慌てて近寄ってきて叫ぶように言った。

「今すぐその割烹着を脱いで、まともな服に着替えて下さい」

「へ!?」

「今からここに、ロウ様が来られます!」

「ええっ!?」

ロウ様、とはイチ様の父親であり人狼達の祖先であり、人間嫌いのこの国の影の支配者…という認識でいいのだろうか?

「ロウ様はあなたに会わせろと言ってますので、準備をして下さい。ほら、早く!」

「は、はいっ」

泡立て部屋に戻り新しい服に着替える。といっても僕にはここの制服しかない。とりあえず汚れていない新しいものに着替えていると、センリがずかずかと部屋に入ってきた。

「着替えましたか? 着替えましたね。早くここに座ってください。髪を整えます」

センリの手にはドライヤーやワックスらしきものがある。今までどんなところに出掛けても髪の毛まで整えたりしなかったのに、一体何が始まるのだろうか。

「ロウ様があまり不快に思わないように、少しでも身綺麗にしておかなければなりません」

センリは慣れた手つきで僕の髪を触っている。以前自分で髪を切っていると言っていたから得意なのだろうか。

「あの、もしかしてロウ様って僕をやめさせるためにここに来られるんですか……」

「いえ、イチ様に会うために時間を見つけて時々ひょっこり顔を出すんです。あなたはそのついででしょう。それでも油断はできません。今のようにロウ様の事を名前で呼んだりしたら即解雇されますよ」

「あ、ごめんなさい…」

そうだ、彼の事を人間は馴れ馴れしく名前を読んではいけないんだった。色々あって忘れてしまっていた。

「できるだけ大人しく、聞かれたことにだけ答えれば大丈夫です。あなたを困らせる事を仰るかもしれませんが、彼がどんな手であなたをやめさせようとしても、僕がそんなことさせませんから」

「センリさん…!」

「はい、完成でーす」

鏡の前まで行って見てみると、どこにでもいそうな少年から品のいい大人になった自分の姿に感動した。喜んでいる場合ではないのだがイチ様にも見てほしくなる。そんな僕の考えが読まれたのかセンリからイチ様の名前が出た。

「イチ様と一緒に会わせれば、ロウ様もたやすくクビにはできないでしょう。ゼロの毛は多少ついてもいいので抱っこして連れてきて下さい」

「イチ様のところへ行くんですか?」

「そうです。もうロウ様は門をくぐっていますのでお早く」

センリに急かされてゼロを抱っこしながら彼の後を小走りでついていく。すると途中、ロビーが一望できる吹き抜けになった二階の廊下を通った時、騒ぎ声が聞こえてセンリが僕の首根っこを引っ付かんで止めた。

「うわまずい、ロウ様がもう来てます」

「えっ」

センリの後ろから恐る恐る下の方を覗くと、入り口でここの人狼達に囲まれたロウらしき人狼がいた。ロウは写真で見た限りでは若い見た目ながらクールで威厳もありカリスマ的存在なのかと思っていた。しかし今の彼はここの人狼達に囲まれもみくちゃにされていてはっきりと姿は見えない。

「ロウ様! おかえりなさい!」

「ああっ、お会いしたかったです! ロウ様!」

いつも穏やかで優しいあの人や寡黙でクールなあの人もおおはしゃぎである。怒濤のロウ様コールに何事かと圧倒されているとセンリは僕の腕を掴んで踵を返した。

「違うルートから向かいましょう。いま見つかると厄介なので」

「何かすごいお祭り騒ぎですけど……」

「いつもロウ様がお帰りになられた時はあんな感じですよ。まあ、今回は久しぶりだったので多少オーバーですが」

あれだけの人数がいたということは、ここの皆の殆どが玄関に集まっていたのだろう。ロウがいかに人気者かということがよくわかる。

遠回りして着いたのは一番立派な応接室で、通されたそこにはすでにイチ様がいた。イチ様は僕と違い普段通りだが、普段から身なりをきちんと整えている方なので何かする必要もない。

「カナタ、いきなりすまな……」

僕の方を見て突然言葉に詰まる。あまりに僕の方をまじまじと見ているので僕の髪型を見てるのだと気づいた。

「そ、それは」

「あ、これはさっきセンリさんにしてもらったんです」

「か……」

「か?」

口をぽかんと開けたまま固まってしまうイチ様。いつもなら似合ってる、とさらっと褒めてくれそうなのに何故か何も言ってくれない。

「連絡が入りました。ロウ様、エントランスで皆に捕まっていたみたいですが、もうこちらに向かっているとのことです」

センリに言われてはっと我に返る。今は僕のイメチェンなどどうでもいい。ここで下手をすると僕はクビになってしまうかもしれないのだ。

「僕がロウ様を迎えに行きます。イチ様とカナタさんはここでお待ち下さ……」

その言葉が終わる前に、扉が豪快に開く。そこには満面の笑みのロウが手を広げて立っていた。



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