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神様とその子供たち
父親


その後、アガタを病院送りにしてしまった事件はセンリのいう通り、意識が戻ったアガタが被害届を出さなかった事であっという間に解決した。ニュースではさまざまな憶測が流れていたが、人徳もあってかイチ様が一方的に悪者にされることはなかった。

僕はアガタに襲われたが、イチ様がこらしめてくれたのでもう特に彼に対して怒りはなかった。多分顔を合わせれば怖くて仕方ないだろうし会いたくはないが、これ以上罰を受けてほしいとは思わない。しかしあれだけ怖かったのに、イチ様に少し優しくされただけで遠い昔のことのように記憶が薄れてしまうのだから不思議な話だ。ゼロのこともあるので、僕としては彼がもうここにやってこなければもうそれで構わない。


相変わらず僕はイチ様とゼロと三人で寝所を共にしている。イチ様はあれから僕を遠ざけようとはしないものの少し負い目があるようで以前より遠慮がちに接してくるようになった。それも無理のない話だが、僕としてはなるべく距離を作りたくない。だから夜はイチ様と部屋のベッドで並んで横になった時、少しずつでも話しかけるようにしていた。

「イチ様、今日はゼロが2本足で一瞬立ったんですよ。ほんとに一瞬だったんですけど」

隣に眠るゼロを撫でながら今日起きた事を話す。うるさいと思われないかと心配だったが、イチ様はかすかに微笑みながら話を聞いてくれた。ベッドに寝そべる姿も相変わらず美しい。

「ゼロって二足歩行できたりするようになるんでしょうか。それか将来、ライオンぐらい大きくなったらどうしようかな。洋服きせてあげたら嫌がりますかね」

こんなに小さい姿もきっと今だけなんだろうなとつい子犬基準で考えてしまう。昔飼っていたシロのように成長するのか、もっともっと大きくなるのか。だんだんと人間に近い形になる可能性もある。

「もしカメラとかあればゼロの成長を残しておけると思うんです。ここに使ってないカメラはないですか?」

「確かあったと思う。明日センリに探してもらおう」

「やった! たくさん撮れたらアルバムにしてお見せしますね」

普段側にいない間のゼロの様子をイチ様だって知りたいはずだ。今までも大事なことはメモしていたが、ちゃんと記録として写真つきでまとめたらイチ様も見られるし僕も忘れずにすむのでいいかもしれない。

「カナタ、いつもありがとう」

「……」

イチ様が優しい声で礼を言うのでまともに顔を見られなくなる。人狼はみんな綺麗な顔をしているが、僕にはイチ様が一番格好よく見える。本当は手が届かない人なのに、今はこんなに近くに感じる。
もっと触れたいし触れてほしいのに、イチ様はこちらを見ているだけだ。我慢できないなんて思わせぶりなことを言っておいておあずけにされている僕の気持ちをわかっているのだろうか。

「……カナタ?」

イチ様の肩に手を起き、身を乗り出して頬にキスをする。ほんとは口にしたかったが僕にはこれが限界だった。キョトンとするイチ様に引かれたんじゃないかと不安になったが、すぐさまイチ様の方から身を乗り出してあっという間に僕の上に覆い被さってきた。

「よくないな。君は、私が君をどうしたいのかわかってそんなことをするのか」

「え……?」

「考えなしにそういうことをするのは良くないという話だ」

イチ様が僕の頬に触れながらささやく。今まで恋人がいなかった男の言葉とは思えない、百戦錬磨の恋愛経験者に見える。恋人を作らない主義でも身体だけの関係の相手はいたのだろうかと変な邪推をしてしまうくらい慣れているように思える。いや、それとも僕の目には惚れた弱味からくるフィルターでもかかっていて、彼のやることなすことすべて格好よく見えているのだろうか。彼は何をしている時も格好いいのだ。もうこのまま何をされてもいいですというくらい身を投げ出していた僕だが、思わぬ邪魔が入った。

「キャン!」

ゼロの鳴き声が聞こえ二人で振り向くと先程まで眠っていたはずのゼロが真ん丸な目をこちらに向けて僕を見ていた。

「ゼロ」

「……」

ゼロの名を読んでしばらく見つめあっていたイチ様だが、ため息をつくとゼロを僕ごと抱き込んで横になった。

「今日はもう眠ろう。おやすみ。カナタ、ゼロ」

そう言って目を閉じてしまうイチ様に残念に思いながらも、さすがにゼロの前では僕も羞恥心というものがあるので眠ってくれてほっとした。しばらくしてイチ様の方から寝息が聞こえ、ゼロも再び目を閉じて眠ってしまう。

センリから、イチ様は人を好きになれないのだと聞かされたときはショックだった。ならば僕のことも恋愛的な意味では好きではないのだろうと思ったからだ。僕はイチ様に婚約者ができるのは嫌だし、他の人とキスするのを見るのはつらい。きっと彼のことがそういう意味で好きなのだろう。イチ様も僕を好きではいてくれているだろうが、その重さは僕とはかなり違うはずだ。

でも色々考えた結果それでもいいと思った。いまイチ様は他に恋人もおらず、恋人候補といえる存在は僕だけのはずだ。ならば今のどっちつかずの関係がなるべく続けばもうそれでいい。僕だけを見てほしいから付き合ってほしいなどと言うことはできない。きっとイチ様を困らせるだけだし、なにより僕はいつか家に帰る身だ。そうすればイチ様やゼロには二度と会えない。それはとても寂しいが、家に帰ることが僕の目標だ。そのためにここで働いて生きている。幸せな生活を与えてもらっているのに申し訳ないが、元の時代に帰るための方法を僕はそろそろ真剣に探さなければならない。


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