神様とその子供たち
夢中
ロク様が亡くなられてから三日たち、親族以外の人狼達は今まで通りの生活へと戻っていく。イチ様も一群に帰ることになり、今度は僕を気づかってなのか急ぐ必要がないためか、飛行機でなくキャビーを使っての帰宅になった。
帰る間際、センリがいない隙に僕は六群の人狼数人に囲まれ、根掘り葉掘り質問された。イチ様は普段何をされているのかとか、センリの好みのタイプだとか僕にもよくわからない質問だったのでうまく答えられなかったが、イチ様とセンリは付き合っているのかという質問だけは否定しておいた。
あの二人がそんな風に見えていたことには驚いたが、確かに人気者の二人がそろって独身を貫いていたらそう思われても仕方ないかもしれない。特に人狼は男同士の恋愛が普通だときく。イチ様は誰からも好かれる人格者で、センリの顔は人狼の男にとてもモテる。今イチ様にはハクア様という婚約者候補もいるが、これは誰かに気軽にしていい話ではないだろう。
僕が男たちに囲まれながらそんなことを考えていると、状況に気づいたセンリがすぐさま僕を助けにやってきて、質問責めにしていた人狼達を追い払ってくれた。
帰る途中、イチ様はいつも以上に無口で無表情だった。結局彼は葬儀中も最後まで取り乱すことはなく、兄として一群の代表として弟を送り出した。
一貴邸に帰ったとき、従業員総出でイチ様を出迎えた。しかし彼らに短い労いの言葉をかけるとイチ様はすぐに私室に引っ込んでしまった。
「今日は丸一日お休みにしたんです。イチ様、この三日まともに寝てらっしゃらないみたいだったので」
センリがイチ様が消えたドアを見つめながら僕におしえてくれる。他の人狼達は仕事に戻ったが、みな主人のことが心配でたまらない様子だった。
「ですが仕事をしていただいた方が良かったかもしれません。何もやることがないとつらくなるだけです。でも一人にしてくれと言われては従うしかありません」
「イチ様が誰にも会いたくないというのなら、そっとしておいた方が良いですよね」
僕も昔一度死ぬほどつらい思いをした時、誰にもかまわれたくなかったし同情してほしくはなかった。このつらさは他人には理解できないと思ったし、誰かに気を使われたり逆に些細な言葉に傷つけられたりするのが嫌だったからだ。心の傷は時間でしか解決できない。
「今日は自分の部屋でゼロと一緒に寝ます。僕なんかがいては邪魔になりますし」
こんな時に家族ならともかく従業員の一人などと一緒にいられるわけがない。僕がイチ様にかけられる言葉などない。
「邪魔? あの方はそんな風に思ったりしませんよ。どんな時でも」
センリがイチ様の部屋のドアを見つめながら呟く。それと同時にイチ様が僕を慰めてくれた時のことを思い出した。そうだ、あの人はどんな時でもやさしい人だった。
「……あの、センリさん。イチ様が人払いをされたのであれば、それに従うべきかもしれません。でも一人ではつらすぎるので、だからこの子……ゼロにいてもらってもいいですか」
「ゼロに? しかし…」
「ゼロなら大丈夫です。イチ様を困らせるようなことはしません」
僕がつらい時、昔はシロが側にいてくれた。それが一番心救われた。シロは僕に同情することもなく気を使うこともなく、ただ泣く僕を心配して側にいてくれた。ゼロはイチ様の息子でシロと同じように考えるのは違うかもしれないが、話せなくてもゼロがイチ様のことを心配しているのは見ていればわかる。
「ゼロ、お願いがあるんだけど、みんなの代わりにイチ様の側にいてあげてくれないかな。それでもし、イチ様に何かあったら僕におしえにきてくれる?」
「そんな難しいことをチビさんに頼んで理解できるでしょうか」
「大丈夫です。少なくともイチ様のところに行きたがっているのは間違いありません。僕、ちょっと行ってきますね」
僕は今にもイチ様のところへ飛び出して行きそうなゼロをだっこしたまま、意を決してノックをした。中からイチ様の返事が聞こえて、静かに扉を開ける。
「失礼します」
イチ様はベッドの横に置かれたロッキングチェアに座っていた。窓の外を眺めていたのか、カーテンが半分だけ開けてある。まだ昼だが今すぐにでも眠れるような格好をしていた。
「すみません、入るなと言われてたのに。すぐに出ていきます。でも皆イチ様が心配で…」
「……」
「ゼロだけでもここに残してもよろしいですか。吠えるようならすぐ引き取りに来ますので」
「……わかった」
「ありがとうございます。ゼロ、良かったね。イチ様がいいって」
僕がそう言うとゼロはすぐさま僕の腕の中から飛び出しイチ様の膝の上にちょこんと乗り上げる。その小さな頭を撫でるイチ様を見届けた後、僕は頭を下げ部屋を出た。最近のゼロは眠るとき僕がいないと吠えることがあったが、今夜は大丈夫だろう。廊下に出るとハラハラした様子のセンリが待っており、中の様子を聞きたがった。
「どうでしたか、どうでしたか?」
「ゼロがいてもいいと言ってくれました。ついててもらいます」
不安そうにしていたセンリだが、ひとまずゼロが吠えたり暴れたりしていない事を確認すると仕事に戻ることを決めた。イチ様のスケジュールを調整するのが大変だそうだ。僕の方もいつまでもドアの前に立っているわけにもいかないので、自分の部屋に戻りゼロがいないうちに部屋の掃除をすることにした。
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