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神様とその子供たち
004


その日から僕は、夢中になってピアノを弾いていた。ゼロがいない時でも練習するために鍵盤に触るくらいだ。イチ様はゼロを迎えに来るついでに僕のピアノを聴いてくれる。相変わらず余計な話はしない無口な人だが、段々と一緒にいても萎縮することがなくなってきた。緊張はするもののゼロを可愛がっている姿を見れば、相手が人狼だとか偉い人だとかそんな事すら些細な問題に思えてくる。僕のつたないピアノでも、ゼロとイチ様が喜んでくれるのが嬉しかった。

ただ元の時代に戻りたいだけだったここでの生活が少し意味あるものになったようで、生き甲斐すら感じて始めていた。いつ帰れるのかわからず、ただ同情で住まわせてもらうだけのつらい日々が終わったのだ。それだけでもかなり肩の荷が下りたような気がする。


それからしばらくの後、ゼロがかなり僕に慣れるようになってくれた事もあり、僕の方からゼロをイチ様の部屋へ送り届けるようになった。このところあの事件のせいでイチ様はかなり忙しそうだ。迎えに来ることがなくなればピアノを聴く機会もない。様子がわからないからこそ、かなり疲労がたまっているのではないかと心配だった。

その日いつも通りイチ様から僕用にわたしてくれたやけに小さい携帯電話に連絡をもらい、ゼロを連れて部屋から出た。毎回こうして彼からの指示の後にゼロを送り届けるようにしている。
ゼロの頭を撫でつつ癒されながら廊下を歩いていると、前方からセンリがこちらに向かってくるのが見えた。男で長髪はめずらしく、とても目立つのですぐに彼だとわかる。センリはイチ様と並んでもひけをとらないくらいの存在感があり、ここで働く人狼達の憧れの的だというのもわかっていた。多少の圧はあるものの人間の僕にも明るく話しかけてくれるので、ここで一番頼りにしているのは間違いなく彼だった。

「こんにちは、センリさん」

「……ああ、あなたですか。どうも、すっかりおチビさんを手懐けてますね。この調子でこれからも頑張ってください」

「センリさん、かなりお疲れみたいですが大丈夫ですか」

「……? そんなに、顔に出てますか」

「顔というか……」

いつもの彼はもっとテンションが高く元気いっぱいだ。それが普段は胡散臭くもあるのだが、普通にされてしまうと逆に心配になってくる。しかしセンリもイチ様に付いて爆発現場を目の当たりにして来たのだから、疲労困憊していても無理はない。

「お疲れなのは同然ですよね。僕もニュースでですが現場を見ました。あんな恐ろしいことが人の手で起こるなんて、ショックで…」

派手に炎上する建物、人々の泣き叫ぶ声、思い出しただけで身体がすくみそうだった。ただずっとこの家にいただけなのに、これまでテロなんてものとは無縁の生活をしていた僕にはあの光景は衝撃的だった。不安そうにする僕にセンリはそれこそ虫でもみるような顔で僕を見おろしていた。

「確かに、いつもより大規模ではありましたね。被害人数も多い。でもこういうテロ行為自体珍しくないですし僕は平気です。カナタさんだってテレビでならいくらでも見たことくらい……ああ、そういえば部分的記憶喪失でしたっけ。はぁ……」

僕自身忘れかけていた設定を思い出させてくれる。センリは疲れているというよりは落ち込んでいるようにも見える。らしくない程の大きなため息をついた。

「僕はいいんです。でもイチ様が……今回の事で酷くご自身を責めていて」

「え、イチ様は悪くないのに?」

「もちろんそうですけど、あの人はここの最高責任者として、この国で起こることはすべて自分に責任があると思い込んでるんですよ〜。僕には隣にいるとイチ様の感情がダイレクトに伝わってくるので、嫌でも感情移入してしまってつらいんです。もうこうなったらしばらくはこのままですから、お気になさらず」

「それは……」

センリの得意技にはそんな弊害もあるのか。僕にまでわかるくらい疲弊しているのだから相当つらいのだろう。しかしそうなるとイチ様の方も心配になってくる。そこまで思い詰めているのなら、誰かの助けが必要なのではないのだろうか。

「ああでも、あなたのピアノをゼロと聴くのはいい精神安定剤になってるみたいなので、これからもよろしくお願いします」

「最近はご無沙汰ですが……そう言っていただけるなら、頑張ります」

「ぜひぜひ頑張ってください。正直なところこの屋敷に人間を入れるのはどうかなー? なんて心配もあったんですが、今ではチビを手懐けていただいて感謝してます。いや、ロウ様を無視して強行した甲斐がありました」

久々にロウという名を聞いてその人狼の存在を思い出す。彼はここでは神と崇められ、イチ様より上の存在のはずだ。けれどイチ様と違ってあまり表舞台に立たず、ここに来てからメディアに出た姿すら見ていない。僕が世間から隔離されている生活をしているせいだろうか。

「イチ様が人間を雇わなかったのってロ……君主様が許さなかったからなんですよね。その……人間が嫌いだから」

「ええ、その通りですよ。まあ人間嫌いでも使用人として雇ってる連中はたくさんいますが」

「でも、聞いた話では同じ君主様の息子のナナ様の家には、人間の使用人がいるんですよね。なぜイチ様だけ許してくれなかったんでしょう」

真崎からナナが人間の男好きと聞いていたので、イチ様が人間と近づくのをロウが禁止していると知った時から疑問だった。同じ子供でも、国のトップで人間派の長男だから特別厳しくしているのだろうか。

「それは勿論、ロウ様がイチ様をもう他とは比べ物にならないくらい愛してるからですよ。僕じゃなくてもわかるくらい特別扱いしてるんです。何せ休暇のすべてをイチ様に会うために使われてるくらいですから」

センリがこれでもかというくらい感情をこめて力説してくれる。彼の目にもあまるくらいイチ様は父親から贔屓されているらしい。あれだけ立派な子供に育ってくれたら無理もないかもしれないが、しかしここに来てしばらくたつがロウの姿を見たことはない。僕の表情から思考をなんとなく読み取ったらしいセンリは話し続けた。

「正直、ロウ様がここまで長い期間イチ様に会いにこられない事はありませんでした。噂では、勝手に人間を雇ったことを怒って拗ねてるらしいですけど」

「えっ、僕のせいで…?」

「ある意味そうですが、心配いりません! ロウ様に何を言われようと、チビを手懐けたあなたをやめさせる気はありませんから」

「やめさせられちゃうかもなんですか!?」

「だから大丈夫ですって。だいたいの人狼はロウ様に見ると感動で身体が奮えて何でも従っちゃいますけど、僕は違いますよ〜。何せ見慣れてるので」

「ええ、でも…」

「あっ、もうこんな時間じゃないですか。チビさんをよろしくお願いします。では失礼」

センリはそう言うと腕時計を見ながら、慌てて立ち去っていく。ものすごく気がかりな事を言い残してしまうので、ゼロを抱っこしながら僕は心底不安になっていた。


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