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神様とその子供たち
002


このホテルの爆発事故はニュースで連日取り上げられていた。どうやらホテルにいた人狼は四群のお偉いさんで人間嫌いで有名だったらしい。恐らくこの人狼が狙いだったのだろうが、本人は逃げ出し上級市民だけが被害にあったようだ。ただ、テロリストの中には上級市民を恨む者も多いらしく、今まで容赦なく何人もの人間が犠牲になっている。人狼対人間ではなく上級市民と下級市民の争いに発展しているらしい。すべてニュースやネットで得た情報だ。
ニュースでは主に下級市民の恐ろしさ残酷さばかりが強調されているが、こうなったのは人狼が原因だということは知っている。僕だけではなく、人間はみなわかっていることだろう。この屋敷にいると人間への差別など感じることがあまりないから忘れそうになるが、ニュースを見るとここは油断ならない世界だ。一刻も早く元の時代に帰らなければならない。しかし、今の僕には最優先事項が他にあった。


「キャン! キャンキャン!」

「ゼロ……いい加減疲れてこない…?」

イチ様がいなくなってからの2日間、僕はまともに眠っていなかった。原因はいうまでもなくゼロだ。恐らくイチ様がいない理由はわかっているのだろうか、鳴いて暴れるのをやめてくれない。そして体力は底なしなので昼も夜も関係なかった。育児ノイローゼになる親の気持ちが少しわかった気がする。センリもいない上に残ったここの人狼の皆もイチ様の不在で忙しそうにしているのがわかる。こんな中で相談できる相手、助けを求める相手がいないのは困った。

「いやでも、これは僕の仕事だし…。僕が何とかやりりきるしかない…」

暴れまくっていたゼロをひょいと持ち上げて、テレビの前まで連れてくる。興味を持ちそうな番組はないかとチャンネルを変えるもそっぽを向いて暴れてしまう。

「ゼロも僕と一緒で寝てないはずなのに」

とにかく暴れ続けるゼロに、いつか限界が来て倒れてしまうのではないかと心配になる。イチ様が帰ってきた時にゼロが体調を崩してしまっていてはあわせる顔がない。

騒がしいテレビを消して、リラックスできるような音楽を聴かせようと思ったがそれらしい機器がどこにもない。これだけ物が揃っているのなぜそれだけ見当たらないのか。
自分の知ってる音楽プレーヤーとはまったく違う形をしているのかもしれないと探し回っているうちに、ゼロは僕の腕から抜け出し扉に向かってジャンプしながら吠え始めた。

「ゼロ、しんどくなっちゃうからいい加減おやすみしようよ。イチ様は今日はどんなに頑張ったって戻ってこられないから」

どれだけ優しく説得してもゼロは聞く耳を持たない。言葉が通じるというのはすべて勘違いだったのだろうかと不安にさえなる。何か気が紛れるものがあれば、と考えていた僕にあるものが目に入った。その大きな真っ黒のフォルムには見覚えがある。僕のいた時代にもよく見たピアノだ。グランドピアノではなく、僕の家にもあったアップライトピアノで、以前練習していた時のことを思い出す。どうやら時代は変わってもピアノの形は変わらないらしい。

一応掃除はしていたので埃は被っていない。鍵盤の前に座って手を置くと昔の記憶がよみがえってきた。親のすすめでピアノを習っていたが、そこまで好きだったわけでもないのであまり身にもならなかったのだが。

「楽譜…楽譜ないと弾けないな…そういえば…」

手近なところを見てもそれらしいものはない。何も見ないで演奏できる曲は限られている。もう少ししっかり練習しておけば良かった。唯一、一番最後のコンクールで演奏した曲ならまだ覚えているかもしれないと、指を鍵盤に置いた。

弾き始めると案外指が覚えているもので、あまり考えずとも演奏を続けることができる。むしろ考えるとわからなくなりそうだ。
コンクールでいい成績は残せなかったが、珍しく父と母が揃って見に来ることもあって僕はかなり張り切っていた。親を喜ばせるためだけにやっていたといっても過言ではないが、今の状況を思えば真面目にやっていて良かった。

ふと気づくと、ゼロの鳴き声が聞こえなくなっていた。演奏に夢中になっていてすぐには気がつかなかったが、ゼロがこちらを凝視して静止している。ピアノ作戦は一応成功したらしい。横目でちらちら様子を窺っているとゼロはそろそろと近づいてきてピアノの真ん前におすわりした。どうやら黒い箱から音が流れているのに興味津々らしい。首をかしげて大人しく座っている。僕はその様子を盗み見ながら調子にのってピアノを弾き続けていた。


何度か間違えつつも無事最後まで演奏を終えて、満足感に浸りながら横を見るとゼロが寝そべりながら目を閉じていた。

「え…まさか寝て…!?」

そろそろと近づいてきて確認するも完全に眠っている。演奏に耳をそばだてているうちに寝てしまったらしい。一睡もせずあれだけずっと暴れていたら無理もない。小さくガッツポーズして、ゼロを起こさないように気を付けつつ、いい加減限界だった僕も向かいにあるソファーに寝そべって今にも落ちそうだった瞼を思う存分休ませた。

結局そのまま爆睡し続けた僕たちは、夜ご飯を持ってきてくれたハレが来るまで目を覚ますことなく眠り続けていた。


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あきゅろす。
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