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神様とその子供たち
004



「あー、それは完全にイチ様の体調が良くなったと聞いて暴れてますね」

センリが僕の話を聞いて跳び跳ねるゼロを見る。一生懸命で可愛らしいが、元気になりすぎてどうすればいいかわからない。

「チビが大人しくなった事、イチ様にお話ししたんです。そしたら喜んでいましたよ。我慢を覚えたことが喜ばしいってね。今までどんない言い聞かせても効果がなかったらしいです。どうやらイチ様は、チビと視線だけで会話できるようで」

「じゃあつまり、ゼロは僕の言葉もちゃんとわかるし、イチ様となら言葉がなくても通じあえてるってことですか?!」

「そこまで大袈裟なものではないですけど。まあ、そういうことです」

「すごい! まだこんな小さいのに…あ、中身が1歳だってのはわかってるんですけど。でも人間の子供だってここまで頭は良くないですよ」

「人間?」

はっ、とセンリに鼻で笑われる。いつもの愛想笑いじゃない侮蔑の笑みだ。

「チビは人狼です。人間の頭脳レベルと一緒にされては困りますね」

「で、ですよね」

センリに言われて確かにその通りだと思い直す。人狼がとても頭がいいということを忘れていた。

「すみません。わかってるんですがゼロがあまりにも可愛くて、人狼だということをたまに忘れてしまうんです…」

「いやいや、謝る必要なんかありません。ここだけの話、人間は人狼は万能だと思ってますが実は結構能力には偏りがあるんですよ」

「?」

「ええっと、得意なことは天才的才能があるんですが、苦手なことはまったく駄目、ってやつですね」

「ああ、それなら僕もあります。英語と音楽は得意ですけど、体育が苦手で」

勉強は基本どれも得意な方だったが、身体能力だけは才能が無さすぎて努力ではどうにもならなかった。水泳、体操、ピアノ、習字、英語など小さい頃から色々習わせてもらっていたので、何でもそれなりにできる方だったのだが。

「そういうのとは少し違うんですけど……あとさすがに運動が苦手な人狼はいません。僕はわりと遅い方ですが、カナタさんが瞬きする間にこの廊下を往復してみせますよ」

「ほんとに?」

「ええ、体力の無駄なのでやりませんけどね」

少し見てみたかったので残念だ。瞬きする間に返ってくるのであれば、僕の目で追えるかはわからないが。
しかしそれならばセンリの得意不得意は何なのだろう。

「今、僕の得手不得手を考えてたでしょう」

「な、何でわかったんですか…」

そんなにわかりやすい顔をしていただろうか。困惑する僕にセンリは得意気に説明してくれた。

「僕は人の考えてる事を表情から読み取るのが得意なんです。初対面の人は少し難しいですけど、少し話せばだいたいわかります」

「へぇ……あ、だからセンリさんはイチ様の考えてることがわかるんですか」

「そうです。元から無口な方で、僕が来る前は結構大変だったみたいですよ。まあ、僕のせいでますます話さなくなったらしいですけど」

確かにイチ様は無口というよりは本当に話さない人だ。本当に必要な時しか声を出さない。それでも以前僕に声をかけてくれた時、彼はよく通る声でハキハキとした話し方をしていた。
あの人の声をもっとたくさん聞いてみたい。そんな風に思っている自分に驚く。僕は他人にはあまり興味が持てない方だと思っていたのに、イチ様の事は何故かもっと知りたくなってしまう。

「ちなみに、カナタさんは僕の事ちょっと胡散臭いと思ってるでしょう」

「いや、まさかそんな」

「いいんですよ。そう思われるように振る舞ったので。優しくしすぎてあんまり頼りにされると面倒くさいなと思って」

「……それって僕に言っていいんですか」

「ええ。カナタさんは基本何でも一人でしようとするタイプなので、助かってます」

たいして話したこともない僕の事をズバズバと言い当てるセンリに驚く。観察眼が鋭いどころのレベルではない。すごいなぁと思っているとセンリがそれを読み取ったのか得意気な表情になる。

「しかし能力も突出しすぎると大変なことになるんですよ。少し前、とても歌のうまい女性の人狼がいたんですけど、彼女の歌声は誰でも虜にしてしまって。昔は歌手として活躍してこの近くに住んでいたんですが、毎日自宅にファンが殺到して怪我人まで出てしまったんです。今では八群の山奥に一人暮らし、その歌声も誰も聴けないようになってしまいました」

寂しそうに項垂れるセンリの話を聞いて、ならばセンリも能力のせいで嫌な思いもしてるのではないだろうかと思った。人の考えてることがわかるなんて、悪意を持つ人間ばかり周りにいた僕にとってはつらいだけの能力だ。

「…もしかして、イチ様には人を惹き付ける能力とかあったりしますか?」

「ふふっ」

僕の質問にセンリが吹き出す。ぼくの考えなどお見通しであるように楽しそうに笑っていた。

「我々人狼にとってもイチ様は特別な方なんです。ただの人間であるカナタさんが憧れるのは当然の事ですよ。能力なんかじゃあありません」

「そう、ですよね」

僕にとってイチ様が特別なわけではない。彼は誰の目から見ても特別な存在なのだろう。

「イチ様はオールマイティーな方ですが、あれでいて実は一番の得意分野は……あ」

話の途中で何か小さいものが僕らの間をすり抜けていく。はっとして、サークルの方を見るとゼロがいなかった。

「ええっ!?」

「へぇ。あそこを越えるとはなかなかな跳躍力ですね」

センリはそうのんきに呟いていたが僕は大パニックだった。敷地内とはいえゼロを逃がしてしまうなんて。しかももう姿が見えない。

「ど、どうしよう。ゼロがどこかに…」

「きっとイチ様の部屋ですよ。きっとドアの前でキャンキャン吠えてるでしょうから、迎えに行きましょう」

それは病み上がりのイチ様に迷惑をかけているかもしれない。僕は慌ててセンリと一緒にイチ様の部屋へ向かった。


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