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神様とその子供たち
003


夢を見ていた。大泣きするまだ幼い僕を両親が抱き締めている。幼い頃の記憶だった。

「大丈夫、大丈夫だから」

僕を力強く抱き締めた母さんが何度もそう言っていた。僕と母さんの身体に優しく手を添える父さんも涙を流していた。

「あなたのことは私達が守るから。誰よりも幸せにするからね」

この時の記憶は僕の中にいつまでも残っていた。こんなところで夢に見るくらい、今も鮮明だ。当時はひたすらに悲しくて何も考えられずさらに涙が流れただけだったが、この日を境に家族の存在はいつの日もどんな時でも僕を救ってくれた。



顔をペロペロとなめられて、目が覚める。涙で濡れた僕の顔をゼロが覗き込んでいる。

そうだ、昨夜はゼロと一緒に眠ったのだ。彼はとても大人しくてすぐに安眠できたのだが、今はそわそわと落ち着かない。泣いている僕を気にしてくれたのだろうか。すでに、もう夢の内容を鮮明には覚えていなかった。おそらく家族の夢だったのだろう。とても寂しくて悲しくてたまらない気分だ。覚醒してしばらくしても僕は流れる涙が止まらなかった。

何事かと顔を覗きこんでくるゼロを抱きしめながら、必ず帰ってみせると自分に言い聞かせていた。


今までの大騒ぎが嘘のようにおとなしくなったゼロは可愛さがさらに倍増していたが、やはり体調が悪いのではないかと心配でもある。しかし散歩でもいつもはイチ様のところへ飛んでいこうとするゼロも、僕の横に並んで大人しく歩いている。これだけでもう感動ものだ。

一貴邸の庭は広大で美しく、歩いているだけで心が洗われるようだった。ゼロも今日は散歩を楽しんでいるように見えて嬉しかった。僕がゼロと並んで歩いていると仕事中の庭師さんが愛想良く挨拶してくれた。二人とも庭師というより警備員の方がしっくりくる屈強な体つきだったが、とても人狼とは思えないくらい気さくに接してくれる。ついにおチビを手懐けたのかと褒めてくれたが、イチ様がご病気の今だけですと説明しておいた。

ゼロをだっこして部屋に戻る途中、仕事中のハレを見かけた。ハレはこの屋敷内では珍しく冷たい表情と態度の若い人狼だ。顔をあわせてももちろん挨拶もしてくれないが、幼少期にクラスメート達から嫌われ続けていたせいか、煙たがられる事には慣れている。それでも訊ねたいことがあったので、拒絶オーラを出すハレにも臆さず声をかけた。

「こんにちは、ハレさん」

「お前……俺の名前を馴れ馴れしく呼ぶな」

「じゃあ何と呼べば」

「話しかけるなって言ってるんだよ」

「でもセンリさんがわからないことはハレさんに訊けって」

「センリさん? あの人をそんな風に気軽に呼ぶなんて…」

「センリさんが様はつけなくてもいいって言ったんです」

やはり年が近いせいか、人狼でもハレはあまり怖くない。怒ってる姿は可愛らしいとさえ思える。それでもその気になれば簡単に僕を真っ二つにできそうだから、あまり怒らせないように気を付けなければ。

「……センリ様がさん付けなのに、俺を様付けさせるわけには……」

「そんなことより、イチ様のことなんですけど」

「そんなことより?」

「イチ様の容態を知りたいんです。熱を出されたって聞いて、それから何もわからなくて…」

「イチ様ならもう熱も下がって回復された。すぐにそっちにも連絡がいくだろうから、少しは待てよ」

「そうなんですか…! 良かった…!」

ハレの言葉に僕は安堵する。ゼロはいま大人しいからいくらでも僕が預かってもかまわないのだが、やはりイチ様に元気になってもらうのが一番だ。

「わかりました。ありがとうございます」

「あ、おい」

情報をおしえてもらった僕はこれ以上ハレの迷惑にならないようさっさと退散した。今日の夜にでもイチ様がハレを迎えに来てくれるかもしれない。彼が来たらゼロがとてもいい子で待っていたことをおしえようと思っていた矢先、ゼロが腕の中で暴れだした。

「えっ、何!? どうしたの?」

なんとか逃げようとするので負担にならないようにゼロをしっかり抱き締める。声をかけて落ち着かせようとするが暴れ続けた。ゼロを抱いたまま走って部屋までたどり着き、扉に鍵をかけた。

「キャン! キャン!」

「ど、どうしたんだよ、何かあったの?」

ゼロは扉にしきりに飛び付いたりカリカリ足をかけて吠えている。まるで以前のゼロに戻ったみたいだ。

「まさか、イチ様が治ったってきいて会いたくなったとか…?」

ハレの話を完全に理解してだだをこねているとしたら、なんて頭がいいのか。ある程度人間の言葉がわかるとは思っていたがまさかここまでだとは。いや、この子は犬とは違う。僕のまったく知らない人狼という種族なのだ。こちらの持つ常識なんてあてにならない。

その後もどんなに言葉や態度でゼロを説得しようとしても暴れるのはやめてくれず、僕がすっかり疲弊した時ようやく扉をノックする音が聞こえ、助かったと泣きそうになりながらドアを開けた。念のためゼロをサークルに入れておいたが、その判断は正しかった。そこにはセンリだけでイチ様はいなかったのだ。

「あれ…イチ様はおられないんですか」

「はい。熱は下がりましたが、まだ大事をとっておチビさんをここで預かってもらおうかと伝えに参りました。チビも随分大人しくできるようになりましたし……なりましたよね?」

サークルを飛び越えようと小さな体でびょんぴょん飛びはね吠えるゼロを見て首を傾げるセンリ。僕は半分嘆きながら事のあらましを彼に説明した。


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