神様とその子供たち
002
とある日の午後、いつもの時間にイチ様がゼロを迎えに来なかった。僕が遅いなと思うより先にゼロがいつも以上に騒ぎ、暴れ始めたのでこちらまで不安になってしまう。ゼロをだっこしてあやそうとしたがなかなかうまくできずにいると、ようやくドアをノックする音が聞こえた。しかし扉を開けるとそこにはセンリの姿しかなかった。
「緊急事態です」
「?」
「イチ様が熱を出されました」
「えっ」
難しい顔をしたセンリが困り果てた様子で告げる。人間以上の存在である人狼は病気などしないと勝手に思っていたのでかなり驚いた。
「大丈夫なんですか?」
「ええ、日々一人で激務をこなしておられるので、過労で年に一度は体調を崩すんです。いつも通りならば3日もすれば快復します。しかしそれまでは安静にしていただかなくては」
「か、過労……」
「で、ですね。チビがいるとイチ様はお休みになれないので、しばらくここで夜も預かっていただきたいんです」
「えっ!」
ゼロの事は可愛い。とても可愛いが夜寝るときまで吠えられては絶対に眠れない。眠れなければ昼間まともに仕事ができるわけがない。
「いやそれは、かなり厳しいかと思います」
「手当ては出します。イチ様が治るまでの間だけでいいんです」
「3日も続くとなると、通常業務に支障が……」
「こういう時、安心して預けられる方にお任せするためあなたを雇ったんですよ〜。これは非常事態なんです。賢いカナタさんならわかりますね? ねー?」
「……」
センリからかかる言葉の圧力に僕には拒否権がないのだと知る。確かに彼の言う通りイチ様が臥せっているのならば、僕しかゼロの面倒は見られないだろう。
「イチ様にお大事に、とお伝えください」
「ありがとうございます! また様子を見に来ますので」
にっこり笑ってそそくさと立ち去っていくセンリ。しっかりと扉を閉めきってからサークルに入れていたゼロをなだめようとしたが、彼は柵の中ですやすやと眠っていた。
「……あれ?」
イチ様がいる時にしか眠らないはずのゼロが大人しく寝ているなんて。センリが来るまではずっと吠えて暴れていたはずなのに。さすがに疲れてしまったのだろうか。
「ゼロもしんどくなっちゃったとかじゃないよな…?」
抱き上げて確かめようとすると、ゼロが目を覚ましてしまった。また暴れ始めるかと思い焦ったがゼロは安心しきった顔をして再び眠ってしまう。
「ええ?」
暴れるよりは眠っていてくれた方がずっといいので僕としては助かったが、突然どうして彼のエネルギーがなくなってしまったのか。僕はすやすやと眠るゼロを膝にのせるとようやく訪れた静寂にほっと胸を撫で下ろした。
しかし、その後もゼロの元気は戻らずずっとテンションが低いままだった。
さすがに不安になってセンリに相談したところすぐさま医師と獣医を呼んでくれた。呼び出された人狼の医者達は時間外にも関わらずたっぷり時間をかけてゼロを診てくれたが、異常は見つけられなかった。精密検査をすることもできるが、健康そのものなので逆になぜこの状態で医者など呼んだのかと訊ねられてしまった。普段の暴れん坊のゼロの様子を一生懸命伝えると、そちらの方が異常だと言われてしまい返す言葉もなかった。
「今までもこんな風に大人しくなったことはあるんでしょうか」
ソファーの上で寝そべるゼロを撫でながら訊ねると、センリは首を振った。
「いえ、僕の知る限りではありません。もしかしておチビさんも少し大人になってきたのかもしれませんね」
「そうなんでしょうか。病気じゃないのなら、その方がいいですけど」
「イチ様がご病気なので、空気をよんでるのかも」
「ああ…!」
その方がしっくりくる。僕が熱を出して苦しんでいたとき、シロも大人しく僕の側に寄り添ってくれた。ゼロもイチ様が迎えに来なかった事で何かを察して元気をなくしてしまったのかもしれない。
「ゼロは偉いなぁ」
イチ様の不調を気遣うなんて、人間の一歳の子供じゃ無理だろう。こうなったら毎日イチ様に不調のふりをしてもらえれば毎日穏やかに過ごせるのではと思ってしまったが、さすがにそれは可哀想でできない。きっとイチ様のことを本気で心配しているに違いない。僕は慰めるようにその日はずっとゼロを抱っこしていた。
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